〜あっくんのほん〜

(乳幼児発達研究所「手づくり絵本」より



生活を語る

 移行児クラス(3歳未満児)を受け持った時のことである。

 新しい生活が始まり,最初に子ども同士の中から聞こえてきたことばが「遊ぼ」であった。「○○ちゃん,遊ぼ」と声をかけ合い,遊びが始まる。友だちと何かを共有したいという思いが「遊ぼ」にこめられている。「共に在る」ことの喜びを知りはじめた子どもたちであった。子どもたちのお楽しみの時間もできた。幼児保育所に来て,はじめて手にした「おたより帳」にみんなでシールを貼るときが楽しみになった。思い思いにページをめくり,絵を見ながら「むかしむかし,おじいさんとおばあさんが...」と話し出す。そこに語る楽しさを知りはじめた子どもたちの姿があった。

 4月当初,ことば育てのテーマを<生活を語る>と掲げていた私にとって,その具体的な活動の方向性を与えてくれたのがそのような子どもたちの姿だった。何をテコにして<生活を語る>のか。私は<絵本>にそれを求めた。数多くのすばらしい絵本が出版されている。子どもたちはさまざまな絵本との出会いを重ねている。しかし,既成絵本の中に自分のくらいしを見出し,対象化した自分と出会うことを求めるのは困難であるだろう。それならば,自分や仲間,身近なものとしっかり出会えるような絵本をと,絵本づくりへの思いがふくらんでいった。子どもがつくる,子どもと共につくる絵本づくりに取り組んできた私であるが,この歩みの中で保育者自身がつくることの大切さや楽しさもたま見出すことができたのである。『○○ちゃんのほん』はその第1作目である。


絵本をつくる

 この絵本は,世界に1冊しかない自分のための自分だけの本があったらいいなあ,という保育者の思いと,母の日を前にしてお母さんの名前を聞いた時の子どもたちとの会話が契機となり,生まれた絵本である。

  保母「お母さんの名前,知ってる?」
  S男「まりちゃんや。」
  K男「おかあさんて,どこにいるねん。どこにもいいひんやんか。」
  保母「今はいやはらへんけど,かあくんのおかあさんのことよ。」
  K男「おかあさんは...おかあさんや。」
  M子「まきちゃんもおかあさん。」
  R男「ああちゃんちがう。おかあさんやな。」
  R子「りえかて,おかあさんや。」
  保母「お父さんはどう呼んだはる?」
  R子「『おかあさん』ゆうたはるわ。」
  保母「おじいちゃんは?」
  R子「『のぶこ〜』ゆうたはるわ。」
  (それを聞いて思い出したように)
  A男「あ・や・こ,やった。」
  保母「まっこちゃんのお母さんはいずみさんやったね。」
  M子「いずみちがう。おかあさん。」

 名前を確かめるということは,今までかかわってきた身近な人たちとまた一つ違った角度から出会うことである。「ぼくの(わたしの)なまえは○○○。3さい。...」から始まるこの本は,家族の紹介が続き,ぼく(わたし)についてのひとこと,で終わる。本の大きさは,子どもが手にしやすいようにと,おたより帳なみのサイズにした。1ページごとに文章を書いてから,絵の方は,子どものところは子どもに,家族のところは家族の人たちに描いてもらい,最後のページは保育者が描いた。最初はしりごみしていた親たちも,向かい合ってお互いの顔を描き合ったり,はり絵にしたりと,楽しさを共有することができた。


絵本を活かす

 自分たちでつくった自分の本を,子どもたちはこよなく愛した。自分が出てくると,目を輝かせ,家族の一人ひとりとも今までと違った出会い方をすることができた。また,「○○ちゃんのおとうさんは,こんな仕事をしたはるんか。」と,友だちの家族とも出会っていった。そんな中で,送迎時に出会う親たちと子どもたちのかかわりも深まっていったのである。

 1人ひとりの絵本を,保育室の壁面に掛けたウォールポケットに入れ,いつでも誰でも見られるようにしておくと,クラスの子どもたちだけでなく,親たち,他クラスの子どもたちも楽しんで見るようになった。そして,自分の本は自分でと,いつしか子ども自身が読み手となって友だちに聞かせる姿も見られるようになっていったのである。保育者の想像以上に絵本を使いきる子どもたちに改めて手づくり絵本のもつ意味を教えられた思いがした。



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