〜クッキーだいすき〜

(乳幼児発達研究所「手づくり絵本」より)



はじめまして クッキー

 保育所のとなりの家に,犬が1匹いる。名前は「クッキー」。天気の良い日,クッキーは家の前でひなたぼっこをしている。散歩の行き帰りに子どもたちは,「おはよう,クッキー。いってきまーす」「クッキー,ただいま」と声をかける。この保育所に異動した年,私は零歳児クラスを担当した。4月,子どもたちも私もはじめてクッキーと出会ったのである。乳母車からじっと見つめる子,バギーからうれしそうに手を出す子,知らんぷりの子など,はじめての出会いはさまざまだった。散歩のたびに出会うクッキー,子どもたちの成長とともにその存在は大きくふくらんでいった。

 その頃,子どもたちは絵本とも生まれてはじめての出会いをしつつあった。絵本の中に,自分が生活の中で出会ったもの,身近にあるものを見つけた時,どの子も目を輝かせる。ある時,1人の子が1冊の絵本の中にあひるの写真を見つけた。その子はびっくりしたように「があがあ,があがあ」と,私に訴えに来た。「そうやね。あひるさんやね」と言って,私はその本を子どもといっしょに見た。絵本を見ている間,その子はあひるから目を離すことなく,あひるへの思いをからだ全体で伝えていた。昼寝の後,排泄を促そうとあひるの形をしたオマルが置いてあるトイレへ行き,私は「があがあさんに座ろうね」と声をかけた。すると,その子は急いで部屋にもどり,絵本を持って来た。それは,朝,何度も見ていた<あひるのほん>であった。夕方,そのことを母親に話すと「日曜日に動物園へ行ってあひるを見たからでしょう」とのことだった。「なるほど」と私は思った。動物園で初めてあひると出会った時の感動をその子は絵本の中のあひるに重ねていたのである。その後も<あひるのほん>と向き合う日々が続いた。決して新しくはないセロテープで補修してある<あひるのほん>は,その子にとって数ある絵本の中でかけがえのない確かな出会いの1冊になったのである。絵本とまっさらな出会いをしていく子どもたちに私は1冊でも多く<あひるのほん>のような出会い方をしてほしいと願った。生活の中で身近に存在している「ものとの出会い」を私は手づくり絵本の中に求めた。その中の1冊が『クッキーだいすき』である。


写真を使っての絵本づくり

 単なる犬ではなく,保育所のとなりのクッキーに絵本の中で出会うには,写真を使う方法が最良だろうと私は考えた。これは,<あひるのほん>から学んだことでもある。日頃カメラを持って散歩に出かけることの多い私は,さっそくクッキーと子どもたち,クッキーのさまざまな表情を撮り続けた。その中から何枚か選び,絵本の構成を練った。全体の流れとしては,散歩で出会っている場面,クッキーやクッキーを見ながら子どもたちに話しかけている内容を再現する形をとった。選んだ写真を大きく引きのばして,右ページに貼り,左ページにはクッキーに話しかけるように短いことばを添えた。できあがった絵本を手にして,私は限られた枚数の中で写真絵本をつくる困難さを痛感した。と同時に,描くよりは手軽につくれるだろうと思っていた自分の写真絵本に対する認識不足を反省した。じっくり時間をかけて被写体に向かうこと,できるかぎり多くの枚数を撮ることをこれからは大切にしていきたい。


クッキーが絵本のなかにいるよ

 できあがった絵本を1歳児クラスの子どもたちも交えて読んでみた。「クッキー!」と零歳児クラスの大きい子どもたち。小さい子どもは「あっ,あっ」呼びかけるように声を発していた。1歳児クラスの子どもたちは「クッキーがいる」,びっくりしたような声。なぜここにクッキーがいるの?といった戸惑いと驚きの表情を見せていた。それぞれがそれぞれの思いで絵本の中のクッキーと出会っていた。そして写真絵本『クッキーだいすき』は,たちまち子どもたちの人気者,クッキーに話しかけるような思いで繰り返し見ていた。

 絵本を読んでもらう楽しさを知りはじめた子どもたちは,好きな絵本を引っぱり出してきては保育者のひざにちょこんと座り,「よんで」と要求する。そんな子どもの姿と出会う時,私は本来絵本ぎらいの子どもなど1人もいないと確信する。子どもを絵本ばなれ,絵本ぎらいにしているのは,大人ではないだろうか。絵本の中にあまりに多くのことを求め,子どもに押しつけてはいないだろうか。子どもたちは「ための本」ではなく,楽しさの中で絵本と出会っていく。私たち大人は絵本そのものに対する思い入れを顧みなければならない。絵本と出会い始めた子どもたちは,声なき声で私にそのようなことを語ってくれた。子どもたちとともに,私もまた私自身の楽しみとして絵本とステキな出会いを積み重ねていきたいと願っている。私にとっては絵本づくりもその一つである。



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