〜くらやみのたんけん〜

(乳幼児発達研究所「手づくり絵本」より)



 この絵本は,おひるね前の子どもたちとの遊び,クラスでの共有体験がもとになっている。

 はじめて来た幼児保育所の移行児クラス(3歳未満児),その部屋は他クラスと棟が違い,となりにはおひるね以外はにぎわうことのない午睡室が続いている。考えようによっては,なんとさびしい離れ小島であることか。しかし,そこを冒険に満ちた未知の場所と思えば,楽しさとちょっぴりこわさと,わくわくした思いがつのってくる。そんな遊びをつくり合えたらと,おひるね前の”たんけんごっこ”が始まった。うす暗い静まりかえった部屋をのぞくと「しんちゃん,隊長や」と言って散歩の時はかならず先頭を歩いている男の子だってしりごみする程...。最初の日は,そこに足を踏み入れるのがやっとだった。三室続いている午睡室の奥には大きな押入がある。ようやくそこまでたどりついた日,私は子どもたちに声をかけた。
「はいってみようか?」
「こわい。」
と,子どもたち。そこで相談し,みんなで入ってみることにした。うす暗い押入の中から光を見つけた子どもたちの歓声はすごいもの! 光の方をのぞくと,一番奥の部屋が見えたのである。その戸を開けると,今までこわかった押入はトンネルに早変わり。それから何日も子どもたちはトンネルごっこを楽しみ続けた。

 ある日,私は子どもたちに提案した。
「今日は,くらやみごっこしよう。」
「なにすんの?」
「なんかおもしろそう」
とすぐにのってきた7人。さっそく勇み足で進み出た。ところが,奥の戸がピシャリとしまっている押入はいつもと違ってこわそう。たじろぐ子どもたちを前にして私がまず入るとし,みんなぞろぞろとついてきた。不安でいっぱいの子どもたち。

「さあ,しめるよ。」
と言って,戸を全部閉めると中はまっ暗。
「なんにもみえへん。」
子どもたちは,今にも泣きそうだった。
「こわい。」
まっこちゃんは,べそをかきだした。その時
「まっこちゃん,てをつなごう。」
しんちゃんが言った。そのひとことに私は脱帽する思いだった。うらやみの中で手をつなぎ合う子どもたちと私,手のぬくもりがとてもあたたかかった。何より心強かった。

「まだこわい?」
私が聞くと,
「もうこわくない。」
と子どもたち。

 私も子どもたちもはじめての体験だった。ドキドキした思い,つなぎ合った手のぬくもりを忘れたくない,そんな思いから絵本『くらやみのたんけん』は生まれた。

 絵本の中で自分やクラスの仲間と出会ってほしいと願い,最初のページにはクラスやひとりひとりの子どもの紹介を載せた。ストーリーは子どもたちの遊び,体験をできるかぎり忠実に追っていく形でつくった。そこには,ふだん「対話」を楽しみきっている子どもたちに「語りことば」とも出会っていってほしいという保育者の思いもあった。絵は仲間の保育者に依頼した。子どもたちの遊びがさめないうちにと急ピッチですすめた絵本が完成した時,仲間と共にひとつのことを仕上げた喜びを保育者自身が味わうことができた。


 はじめて読んだ日,子どもたちは,まず自分を捜した。「これは,ぼく」「これは○○ちゃん」と思い思いに絵を指さしては,そこに自分を重ねていった。押入に入る場面では,真剣そのもの。話を聞きながら,いつのまにか手をつなぎ合っていた。「まだこわい?」という絵本の中のことばを聞いて,「もうこわくない。」と首をふる子どもたち。子どもたちと私は絵本をとおして自分たちの体験と出会っていた。

 くらしの中では,”トンネルごっこ”は”くらやみごっこ”に変わり,そのくりかえしの遊びの中で,こわさは楽しみに変化していったのである。私たちは,暗やみの空間を多様に遊んだ。ある時は星をちりばめ,夜空を見上げて大きな声で歌をうたった。ヒソヒソ話も楽しんだ。年長児からねずみばあさんの話を聞いた日は,「お〜い,ねずみばあさん,いますか?」と声をかけた。あきることなく,この遊びは1年間続いたのである。

 子どもの思い,子どもの声,子どもたちとのくらしを,私は手づくり絵本にかえしていった。絵本は,出会っていく子どもたちの中でいのちを与えられ,今なお読み継がれている。



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