ねずみばあさんのおくりもの

〜子どもとつむぎだすファンタジー〜

(ミネルヴァ書房「発達」60号,1994:秋 特集2 ファンタジーを生きる子どもたち)


幼い日,未知の恐ろしい存在におびえた思い出は誰にもあるでしょう。ここに登場するのは,怖い怖いはずのものと心を通わせ,大好きで大切な友だちにしていくという貴重な経験をした子どもたちです。


 これは,年長組の子どもたち20人と押入に住むねずみばあさんとのちょっぴりこわくいっぱい楽しい交わりを綴ったお話です。火つけ役だった私もいつしか真面目に夢を追い,遊びきった1年をお伝えしましょう。


ねずみばあさんに出会うまで

 一昨年の4月,年長組になった20人の子どもたちと,くーちゃんこと私(担任)はおもちゃ箱をひっくりかえしたようなにぎやかさの中で毎日を過ごしていました。乳児クラスのころから,個性豊かなメンバー。大人の勝手な見方をすれば,手のかかる子どもたちと言われがちですが,私にとっては論外。おもしろそうなことがあれば飛びついてくる目の輝きがとてもステキだったのです。

 そんな子どもたちが,年少,年中組の時のことです。1日に1度はしーんと静かになるひととき,一年に1度は心をときめかして思いをひとつにする出来事がありました。1日の中で静かになるのは,昼寝前のひととき。2年間担任をしていたNさんが語り聞かせていた『ミミズのみーちゃん』のお話の時間です。Nさんは,その時々に思いつく話をミミズのみーちゃんを主人公にして語り聞かせていました。子どもたちの活動や思いをぴったり重ねられるような内容を工夫し,時には子どもたちも登場させてのお話だからどの子も真剣そのもの。ふとんの中で聞き入っています。ところが,お話が終わると,時には大騒ぎ。年中組になるとその騒ぎは一層にぎやかになりました。両隣は静かに眠っている年少組と年長組。保母が「しずかにして!」と言っても効き目のない子どもたち。ところが,年長組の押入から「ドン ドン ドン」と不気味な音がすると,ピタッと静かになります。そんな時,保母はささやくのです。「ほらほら,星組さんの押入に住んでいるねずみばあさんが『うるさい』って言うたはるよ」。子どもたちは,じーっと押入を見,時々響いてくる「ドン ドン...」の音のリズムを聞きながら,やがて眠ってしまいます。

 もうひとつ,子どもたちにとっての1年に1度のお楽しみは,『ちいまじょさん』に会いにいくことでした。八瀬野外センターの山の中に魔女の家があります。ちいまじょさんはそこに住んでいるのです。年少組の時,初めて八瀬野外センターへ遠足に行った子どもたちは,勇気をだして魔女の家に入りました。そこで,ちいまじょさんから手紙を受け取ったのです。

 「ちいまじょさんって,ぼくらと同じ子どもやし,こわくない。友だちになれるな」
 次の年も,八瀬野外センターへ行きました。
 「今年は,会えるかな...」
子どもたちは,そんな気持ちでいっぱいでした。でも,やっぱりちいまじょさんは留守。「みんなに会うのは,恥ずかしい」と,手紙が置いてあったのです。会えなかったちいまじょさんを思い浮かべて,子どもたちは絵を描きました。1年に1度しか行けないけれど,まだ会ったことがないけれど,ちいまじょさんは子どもたちにとって大好きな友だちになっていたのです。

 いろんな夢をふくらませながら子どもたちは年長組になりました。出来ることなら,くらしの中でわくわくどきどきすることをいっぱい楽しみたいな,ねずみばあさんもこわいだけの存在ではかわいそうという保母の思いの中で,子どもたちは,ねずみばあさんと出会っていったのです。


1通の手紙

 4月のある日,昼寝のふとんを敷くために押入をあけた当番の子どもたちが,白い封筒を見つけました。

 「なんや,これ」「手紙みたい」
あけてみると,ねずみのマークがついています。子どもたちは,それがねずみばあさんからの手紙だと直観しました。

 「ねずみばあさんから手紙がきた!」
その一声でクラス中大騒ぎです。保母の「みんなおいで」の呼びかけでは到底集まらないスピードで集まってきました。

 「くーちゃん,早く読んで」
私は,催促されて読み始めました。

    ほしぐみのこどもたち
   おおきくなって このへやに
   こられたのだな おめでとう
   きょう はじめておまえたちの
   かおを みたぞ
   とっても かわいいこばかりじゃな
   これから おともだちになっておくれ
              ねずみばあさんより


 読み終わっても,子どもたちは信じられない様子。こわいとばかり思っていたねずみばあさんから手紙がきたのです。「さあ,どうする。ことわるのならいまのうちだよ」と,言いたくなるのをがまんして,私は子どもたちの声を待ちました。

 「『ともだちになって』やて」
 「ねずみばあさん,やさしいみたいやな」
ぽつぽつと子どもたちは話しだしました。
 「ねずみばあさんに返事だしたいな」

 そこで,私が子どもたちのことばを代筆することになりました。ところが,書き始めが大変。さまざまな意見が飛び交います。「ねずみばあさん,こんにちは」と言う子に対して「夜に見はったら,どうするの」「夜やったら,『こんばんは』やんか」と,反論。いろいろ迷い,結局,「ねずみばあさん,お手紙ありがとう」から始まりました。その後は質問ぜめです。「ねずみばあさん,いくつですか?」「どんなたべものがすきですか?」...子どもたちの質問は,延々と続きます。やっと,まさよしが,「ねずみばあさん友だちになってね」。はるこが「また,お手紙くださいね」と,締めくくってくれました。出来上がった手紙はみんなで押入れの壁にはりつけました。

 「ねずみばあさん,手紙を見てくれはるかなあ」
子どもたちは心配で,何度もそっと押入れをのぞきます。でも,手紙はそのまま...。
 「気がつかないのかなあ」
クラス一大きい声のしんぺいが「ねずみばあさん,てがみおいてあるよ」と,叫びました。

 次の朝,一番に登所したそうじろうは,真っ先に星組の押入れをあけました。手紙はありません。
 「やった! 手紙よんでくれはった」
後から登所した私やクラスの友だちをつかまえてはうれしい報告をしてくれました。


お誕生日おめでとうの巻

 ねずみばあさんから2通目の手紙が届いたのは,星組で最初に6歳になったりゅうたの誕生日の日でした。今度は,昼寝起きに起こった事件です。白い和紙の手作りの封筒には,『りゅうたへ』と書いてありました。

 「りゅうたに,手紙がきた」と,他の子どもたちは,ちょっぴりうらやましそうです。あけると,大きく描かれたねずみマークの中に「りゅうた,おたんじょうびおめでとう...」と,ねずみばあさんからのお祝いのことば。りゅうたは,照れながらも,とびっきりの笑顔を見せてくれました。

 「次は,はつおやな」「その次は,しの」
 子どもたちは,口々に言いながら,自分の誕生日にも届くであろうねずみばあさんの手紙に胸をふくらませているようです。そこで,「ねずみばあさんて,すごいなあ。みんなの誕生日も知ったはるんやなあ」と,私が言うと,「あそこを見たらわかるやんか」。子どもたちは,壁面装飾の誕生日表を指差してシビアに答えました。

 「なるほど」
 「くーちゃんもお誕生日書いておかんと,ねずみばあさんから手紙もらえへんで」
 「ほんまやな。手紙ほしいし,書くわ」
早速,私は,誕生日表に自分の名前と日付を書き込みました。

 その後,ねずみばあさんからの誕生日のお祝いの手紙は一人ひとりの子どもに届きました。もちろん私にも...。


夜のつどいの巻

その1 夜のつどいにむかって

 夕方,子どもたちが帰ると,戸が閉まり,明かりが消え,しーんと静まりかえる夜の保育所。ところが,夏になると1年に1度だけにぎやかな夜を迎えます。年長組の子どもたちが朝から夜までずっと保育所にいて,夕食のごちそうを作って食べたり,夜ならではのお楽しみがいっぱいつまっている日。それが『夜のつどい』です。

 花組(年少)の時はテーブルに飾る花を,月組(年中)の時はランチョンマットを,星組さんにプレゼントし,終わってから目を輝かせて夜のつどいの話を聞かせてもらっていた子どもたち。今度はいよいよ自分たちが主役です。「7月18日の夜のつどいの時,どんなことがしたい?」と,子どもたちに聞いてみました。

 「たきびみたいなん,火を燃やすのん(キャンプファイヤーのこと)をしたい」
 「花火もええなあ」
 「ごちそう,作ろうな」
2年間ふくらませてきた思いが,ことばになって出てきます。

 さて,ごちそうは...? ほとんどの子どもたちが「カレーライス!」と言いました。
 「保育所のカレーライスはとびっきりおいしいもん」
 「あのカレーライスを作ってみたい」
保育所のカレーライスは,インスタントルーを使わず,すべて手作りなのです。

 話し合いは盛り上がり,いよいよ『お楽しみの時間』の相談へと進んでいきました。


その2 ねずみばあさんに会いたいな

 夕食後のお楽しみの時間に,星組の子どもたちは,大好きな人,会いたい人を招待して1人ずつ会いに行くのです。それはとっても楽しみでもあり,とっても勇気のいることでもあります。なぜなら,階段を上がって暗い2階の部屋まで1人で会いに行かなければならないからです。前年度の星組の子どもたちは,年少組の時,遠足に行った吉田山で出会った『やまんばさん』を招待しました。その前の年の子どもたちは,大好きな絵本『めっきらもっきらどおんどん』に出てくる『おたからまんちん』に会いたくて,糺(ただす)の森の大きな木の洞穴に向かって何日も唱えことばを歌い続けました。そして,とうとうおたからまんちんと仲良しになり,会うことが出来たのです。

 私は,ドキドキしながら聞きました。
 「夜のつどいの時,会いたい人は,だあれ?」
子どもたちは,迷わず答えました。
 「ねずみばあさんに会いたい」

 子どもたちの心には,あのこわかったねずみばあさんはすっかり消えています。自分から手紙を出す子も増えていました。押入れの中には郵便ポストも出来ています。これは,押入れの奥に手紙をしまいこんで,ねずみばあさんになかなか気づいてもらえなかったかおるが,友だちと作ったものです。そのポストに子どもたちは,こんな手紙を入れました。

    ねずみばあさんへ     ☆
   7がつ18にちのよるのつどいに,きてくだ
   さい。ねずみばあさんのくににいってみた
   いな。みんなあいたいです。よるのつどい
   で,カレーライスとサラダとスイカパンチ
   をつくります。ねずみばあさんはすきです
   か? たべてほしいな。ねずみをかってい
   るのですか?
   みんなねずみばあさんが,すきです。
   ねずみのこどもにも,あいたいな。
   おへんじくださいね。
               ☆ ほしぐみ



その3 ねずみばあさん,旅にでる

 かおるたちの作った郵便ポストのおかげでねずみばあさんからの返事は次の日に届きました。ところが,大変! 手紙には「生まれて初めて,世界旅行に出かける」と,書いてあったのです。しょんぼりした子どもたちですが,最後のことばでホッとしました。「夜のつどいまでには,帰ってくるよ」と約束してくれたからです。

 「ねずみばあさんが,帰ってきはるまでにプレゼント作ろう」
子どもたちは,ねずみばあさんへのプレゼントの相談を始めました。そして,全員一致で決まったのが,ハンカチ。
 「押入れの奥に住んでいたら,きっとねずみばあさん,暑いやろう」
 「1人1枚渡したら,みんなで20枚。これだけあったら,ねずみがたくさんいても,大丈夫」
と,説明してくれました。
 月組の時にした染め物あそびを思い出し,子どもたちはせっせと小石を集めました。絞り染めにしてプレゼントするのです。小石を包んで輪ゴムでとめる作業は,大人が思う程簡単ではありません。ところが,手仕事の苦手な子も意気揚々とやっているのです。
 「ねずみばあさん,きっと喜ばはるわ」
そばで,私はわくわくしました。

 プレゼントが出来上がったころ,世界旅行に出かけたねずみばあさんから絵葉書が届きました。7月14日のことです。あさりが玄関のポストから取り出してきてくれて,みんなびっくり! それは,フランスからでした。『ベルサイユ宮殿』ということばを聞いて,「それ知ってる。マンガにでてきたもん」と,りか。かおるが,つぶやきました。「ねずみばあさんのことば,今までと少しちがうね」。鋭い発見です。
 「なんか,ていねいになったみたい」
 「昔話にでてくるおばあさんのことばみたいやったもんなあ」
 「友だちのことばがうつったんかな」
一方で,さとるは他の子に聞いています。
 「フランスって,どこや!」
本棚から絵本『はじめましてせかいちず』を取り出して,何人かでフランス探しも始まりました。

 また,葉書には「夜のつどいの時,お花を飾ってくれたらうれしいなあ」と書いてありました。そこで,絵葉書で見たヨーロッパの町のように,星組の部屋を花で飾ろうと,花作りが始まりました。折り紙,色画用紙,おはな紙などをおもいきり出しての作業。最初は,紙工作の本などを見ながら作っていた子どもたちですが,だんだんオリジナリティーを発揮し,立体的なすてきな花が次々と生まれてきました。花粉までついている細やかな工夫も見られます。

 そして前日,今度はスイスからの便りが届きました。読み終わると子どもたちは,大喜び! 
 「やった! ねずみばあさん帰ったはる」

   ほしぐみのこどもたち,わたしはいまスイスに
   います。...中略...
    このてがみがつくころには,わたしはもうか
   えっているかもしれません。よるのつどいがと
   ってもたのしみです。かえったら,さっそくプ
   レゼントもつくろうとおもっています。そこで
   おねがいがあります。わたしは,あまりあかる
   いところでひとにあったことがありません。わ
   たしのくには,ほしぐみとつきぐみとはなぐみ
   にまたがっています。わたしのくにをのぞいて
   もらいたいので,へやをうすぐらくしてくれれ
   ば,とってもうれしいです。ゆうきをだして,
   あいにきてくださいね。たのしみにしていますよ。
      スイスにて     ねずみばあさんより



その4 ねずみばあさんと握手!

 いよいよ,当日。子どもたちは,ねずみばあさんのお願いどおり,2階の部屋を薄暗くしてもらいました。夕方にちかづくにつれてどの子もわくわくどきどき...。そんな思いを受けとめるかのように,夕食前,2階のベランダから,手紙が舞い降りてきました。見ると,ねずみ宮殿からの招待状。さあ,約束のカレーライスを届けなければなりません。「いきたい」「いきたい」と子どもたち。じゃんけんで,りゅうた,りんたろう,ゆうかが届けることになりました。
 「ちゃんとおいてこいよ」

 3人の帰りを他の子はじっと待っています。しばらくして,3人はうれしさと緊張のいりまざった表情で戻ってきました。
 「どうやった?」
 「『ねずみばあさん』って,呼んだら...」
りゅうたの後をりんたろうが続けます。
 「『はい』って言わはった」

 それを聞いた時,ねずみばあさんの存在が子どもたちの前にぐーんとせまってきました。

 みんなでごちそうを食べ終わったころ,今度はこうすけが食器を取りに上がりました。すると,どうでしょう。カレーライスはすっかりなくなっています。お皿の横には,「ごちそうさま」と手紙が添えてありました。
 「ぜんぶたべたはる」
 「おいしかったんやなあ」
子どもたちは,大喜びです。

 時計を見ると,6時半近く...。
 「ほら,もうすぐねずみばあさんに会いに行く時間だよ」
 「はやく,会いたいなあ」

 はたして,自分たちで決めた順番通りに勇気をだして会いにいけるでしょうか。


その5 夜のつどい裏話

 「ゆうか,がんばってこいよ」
 ねずみばあさんへのプレゼントをにぎりしめて子どもたちは,1番のゆうかを送りだしました。

 さて,子どもたちは,ねずみばあさん野前でどうするのかな。ないしょでのぞいてみましょう。

【1番 ゆうか】熱が急に高くなったので夕食後,お迎え。そこでりゅうたに1番をゆずってもらってねずみばあさんに会いに行きました。最初立ち止まっていましたが,「こちらへどうぞ」の声を聞くなり,スタスタ入って行き,しっかり名前を言いました。友だちにねずみばあさんからの手紙を見せ,「ねずみの顔していたよ」と報告。その一言でどの子も会いたい思いをつのらせました。

【2番 りゅうた】ずいぶん緊張しながらも,しっかり名前を言いました。プレゼントをもらって「ありがとう」。勇ましく階段を下りてきて,ニコニコ。心臓はドキドキはちきれそうでした。

【3番 そうじろう】泣きそうになるのをぐっとがまん。名前を行って,お礼を言って飛ぶように帰ってきました。「泣かんといってきた。ねずみばあさんに会ってきた」と何度も話していたそうじろうです。

【4番 かおる】宮殿の入口のゴムに足が引っかかっても落ち着いた様子。「どうして時々のぞいているの?」「お友だちになってくれる?」と,ねずみばあさんに話しかけていたかおる。せっせと手紙を出していただけあります。涼しい顔をして下りてきて「ねずみばあさんの顔,なんかカーテンみたいなものかぶっていて,あまり見えなかった」と報告。鋭い観察です。

【5番 さかえ】宮殿に入るなり「ありがとう,ありがとう」の連発。プレゼントのハンカチの説明を聞かれ,ドキドキしながらも,答えました。帰ってきて「さかえ,5番にいけた」と,とってもうれしそう。

【6番 はるこ】そっと入ってあたりを見回す余裕。名前を言って「こんばんわ」と挨拶しました。ゆっくり話して,ゆっくり帰ってきたはるこ。「ねずみばあさん,やさしかったよ」のことばに,待っている子どもたちの顔がほころびました。

【7番 さとる】女の子に負けられないと,肩を振りながら「いってくるぞ」と階段を上がっていきました。宮殿に入るなり,ゆっくり名前を言い,「ありがとう」の後は沈黙。少々緊張しながら「うん,うん」と応答。ホールに戻るなり,顔がゆるんでいました。

【8番 ゆうた】待っている間に何度も「おしっこ」とトイレに駆け込んでいたゆうた。ねずみばあさんの前では落ち着いて名前を言い,「ぬれたとき,手やらふくやつ」と,ハンカチの説明もしていました。ホールにもどって,「会えた!」とうれしそう。

【9番 まさき】「次,ぼくやで,次,ぼくやで」と言いながら2階へ上がっていったまさき。耳をふさいで宮殿へ向かいました。「こんにちは。だれ? このひと」と質問。ねずみばあさんとわかると「はいはい」と言いながら,こわいのをがまん。「ください」と自分からプレゼントを要求。帰りはまわりのねずみたちに「通らしてや,通らしてや」と声をかけていました。

【10番 しんぺい】ねずみばあさんと侍女をまちがえて,入り口で大きな声で名前を言っていたしんぺい。奥から呼ばれて中に入って行きました。宮殿中響きわたるくらいの声でもう一度名前を言い,帰りは侍女にも「ありがとう」と言いました。

【11番 あきひこ】宮殿の入り口で立ち往生のあきひこ,ねずみばあさんに声をかけてもらって近づきました。プレゼントを交換すると「ありがとう」と返答し,一目散に戻ってきました。一瞬,声が出ない様子。「ねずみばあさん,やさしかった?」と聞くと,「うん」と言って少しずつ表情がやわらかくなりました。

【12番 こうすけ】余裕の顔で2階へ上がったのですが,花畑を通って宮殿の入り口で仁王立ち。侍女に「これ,どうするの?」と聞き,ゴムの入り口の中へ案内してもらいました。「こわい」と言いつつも,名前をしっかり言って,プレゼントももらって帰ってきました。

【13番 しんご】2階へ上がったとたん,尻込み。やっと宮殿の中へたどりついて,「ねずみばあさん,どこ〜」と声をかけながら前進。前では名前をスラスラ言いました。侍女にプレゼントを見せ,とびっきりうれしそうな顔で帰ってきました。

【14番 りえ】いそいそと出かけたりえも,宮殿の入り口で立ち止まり,声をかけてもらって入りました。名前を言って「ハンカチです」「ありがとう」とプレゼントを交換すると,大急ぎで脱出。「ねずみばあさん,マニキュアしたはったよ」と報告。さすが目のつけ所が違います。

【15番 まさよし】マイペースでゆっくり宮殿の中へ。落ちついて名前を言った後,「はいハンカチです。プレゼントです。いつもお手紙ありがとう」と普段通りのおしゃべりまさよし。帰り際にはまわりにいるねずみたちに「ねずみくんたち,ありがとう」と挨拶していました。

【16番 しの】入り口で侍女に会うなり,私との約束通り「くがやせんせいもきていいですか?」と,聞いてくれました。名前を言って,プレゼント交換。ホールに戻るなり「くーちゃん,『きてもいいよ』って言わはった」と伝えてくれました。

【17番 はつお】静かに入って,名前を言って「ハンカチどうぞ」と神妙なやりとり。ねずみばあさんから「祇園まつりの歌を歌っておくれ」と言われ,「こいやまのおまもりは,これよりでます〜♪」と歌ったはつお。「誰に教えてもらった?」と聞かれ,「教えてもらってへん。去年の去年のずっと前からやってるから,おぼえたんです」と返答。「握手して」と言って握手してもらいました。「はつお,おそかったな」と心配していた子どもたちは,歌を歌ってきたと聞いてびっくり!

【18番 りんたろう】走って宮殿は到着。ねずみばあさんからカレーライスの作り方を聞かれたりんたろう,「バナナとニンニクとリンゴと...」全部の材料を言って作り方をしっかり説明しました。ねずみたあちには「はいはい」と返事。友だちには「ねずみばあさんな『カレーライスおいしかった』って言ったはった」と報告していました。

【19番 あさり】希望の1番,20番はじゃんけんで負けたけれど,3度目に勝ち取った19番。緊張しながらも,しっかりした足取りで出向いて行きました。「おくやまあさりです」の声はふるえていましたが,「ハンカチ」「ねずみばあさんにあげたの」「バイバイ」と,1人で会いに行き,戻ってきた勇気に拍手。年中組の時まで,部屋が暗くなると泣いていたあさりがうそのようです。

【20番 あつお】最初から「20番がいい」と言い続けて勝ち抜いた順番でしたが,緊張の持続が大変。待ちくたびれてやっと番がまわってきました。友だちが戻ってくるたびにドキドキしていた分,ねずみばあさんの前でも緊張していました。「おみやげ」と言ってプレゼントを渡す手も固くなっていたとか。「バイバイ」と言ってホールに戻ってきた時は,ホッとした様子でした。

 「さあ,最後はくーちゃんやで」。子どもたちが,私を呼びます。この時,私は6歳のころの自分に戻ろうと思いました。すると,足がすくんで階段がうまく上がれません。人には言えないくらいおてんばだったのに,とびっきりこわがりでもあったのです。星組の子どもたちってすごいなあ。あの勇気はどこからくるんだろう。階段の下から私を応援してくれている子どもたちが,いつもより大きく見えました。


その6 楽しい交信

 月曜日,ねずみばあさんから,お礼の手紙が届きました。

     ほしぐみの子どもたちへ
    よるのつどいのときは,ひとりずつあいにきてくれて
   ありがとう。わたしは,とてもうれしかったよ。あんな
   にたくさんのこどもたちひとりひとりにあったのは,は
   じめてでした。わたしのいっしょうのおもいでです。カ
   レーライスもとてもおいしかった。20まいのハンカチも
   とてもすてきでした。ほんとうにありがとう。..中略..
    わたしにあえた<ゆうき>は,みんなのたからもの。
   これからはいろんなことにちょうせんできるよ。きっと。
    プールでいっぱいあそんで,あきになったら,えんそ
   くやうんどうかいがあるんだろう。いいね。いつもこえ
   しかきいていなかったけれど,ことしはみんながたのし
   んでいるのを,どこかでのぞいてみたいなあとおもって
   います。いつもおうえんしているよ。げんきになつをす
   ごしておくれ。わたしは,また8がつになったら,すこ
   しのあいだたびにでます。げんきでね。
                   ねずみばあさんより


かおるがさっそく返事を出しました。

    ねずみばあさん,おげんきですか。
   よるのつどいにきていただいてありがとう。
   たびにでるのはいいですけど,はやめにか
   えってきてください。
                 かおるより


 ねずみばあさんに会ったことで,子どもたちは一層親しみを感じるようになりました。楽しい交信は春まで続きます。


修了おめでとうの巻

 ねずみばあさんは,約束どおりいつも子どもたちをそっと見つめ,はげまし続けてくれました。

 親子合宿の時は,手紙が琵琶湖まで届くようにと,食料箱の中にしまってありました。見つけたお父さんはびっくり! それを聞いた子どもたちはもっとびっくり! 運動会や生活発表会の日には,朝一番に応援の手紙が届きました。子どもたちも私も手紙を読むと,なぜか力が湧いてきます。不思議な力です。

 1年間でねずみばあさんからの手紙は,小さな箱にいっぱい集まりました。ねずみばあさんの所には子どもたちの手紙が大きな箱にいっぱい集まっていることでしょう。修了式の前日まで子どもたちは手紙を出し続けました。
 「もうねずみばあさんに手紙出せへんなあ」
 「小学校まで見にきてくれはるやろか」
そんな会話が聞こえてきます。

 修了式の日は,どの子もぴかぴかの笑顔でやってきました。緊張とうれしさの中で式が終わり,続いて茶話会が始まったときです。ベランダから大きな袋がスルスルと降りてきました。ねずみばあさんからの最後の手紙とプレゼントだったのです。ねずみの形のキーホルダーには,一人ひとりの名前が刻まれています。『ほしぐみのこどもたち,しゅうりょうおめでとう。...』子どもたちは,ねずみばあさんのことばをじっと聞きました。
 「そうや! 押入れに修了文集入れとこう」
 「なんで?」
 「文集にみんなの住所載ってるし,ねずみばあさん手紙くれはるかもわからんやんか」

 子どもの発送はすごい! 空っぽになった押入れの中に文集をそっと置きました。

 ひょっとしたら,何年か後,ねずみばあさんから子どもたちに手紙が届くかも...。その時,子どもたちはどんな顔をし,どんな思いに浸るのでしょう。
                        (子どもの名前はすべて仮名です)



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