子どもと生きる

〜いのちをわかちあうくらしを訪ねて〜

(ミネルヴァ書房「発達」71号,1997:夏 連載第10回)



<聖家族の家との出会い>

 私が『聖家族の家』の存在を知ったのは、児童福祉法改正の動向のただなかでの
ことでした。ここは現行の児童福祉法の制定(1947年)以前から生活保護施設とし
て戦災母子、孤児、老人など収容されていたのです。その後養護問題の多様化や養
育機能の拡大などさまざまなニーズに答えるべく、新しい児童福祉をリードして先
鋭的に活動を展開されてきたとの話を聞き、今、この時期に訪問したい思いがつの
りました。なかでも私がぜひ訪れてみたいと思ったのは全国に先駆けて1979年より
取り組まれ、『グループホーム』と称されている分園だったのです。自立援助とし
てのファミリーホームはよく耳にしていましたが、乳児から高校生にいたる年齢層
でのグループホームというのは知りませんでした。自らの認識不足を感じつつ、そ
のくらしぶりをかいま見るなかで今まで見つめなかった角度から子どものくらしや
そこでくらしをともにされている大人に出会ってみたいと思ったのです。

<グループホームを訪れて>

学校,本園にも近い地域内の
住宅街にある『育みの家』。
1981年に第2のグループホー
ムとして開設されました。個
室を確保するために昨年転居
された際に2階部分を増築さ
れています。










 大阪市東住吉区にある『聖家族の家』は、JR阪和線の鶴ヶ丘駅より徒歩数分。
閑静な住宅街の一角に建っていました。現在グループホームは四ヵ所あり、同じ学
区内に民家を借り受け、事業をすすめられています。今回はそのなかの2ヵ所を訪
問する機会を得ました。乳児から高校生までの幅広い年齢層の子どもたちがくらし
ている『育みの家』と小学生の子どもたちがくらしている『セント・ファミー」で
す。

     ●『育みの家』の人々

 訪問した日がウィークデーの午前中とあって出迎えてくださったのは、勤めて九
年目といわれる大辻貴美さん一人でした。休日を返上して快く取材に応じて下さっ
たのです。2歳と3歳の女の子たちは当直の保母さんと散歩中。小学生、中学生、
高校生は登校。ここは子どもたち七人と保母さん3人の家族とのこと。3人の保母
さんのうち大辻さんを含む2人は住み込みで他の1人は通っておられます。

 勤務状況やそれぞれのグループホームによるちがいを大辻さんが解説してくださ
いました。

 「『育みの家』では3人の保母が固定されていますので、他のグループホームの
勤務とは大分ちがいます。2日に1回は当直があります。私たちの部屋もあります
が、当直の日は赤ちゃんといっしょに階下の部屋で寝ています。3人だとすぐに連
絡をとったり、密に話しあえて、仕事がやりやすいですね。チームワークがくずれ
るとこまりますが、3人とも仲がいいのです。

 子どものメンバー構成でよそとちがうところは、『育みの家』には赤ちゃんがい
るということです。赤ちゃんといっても今は2歳と3歳になっていますが・・・。
殆どの子は託児園でくらしていますが、ここのほうがいろんな刺激をもらえていい
と思います。雑なところもいっぱいありますけれどね。学童の子どもは、赤ちゃん
をいたわることを身につけます。赤ちゃんがいるために甘えられないというところ
もあるんですが、そのなかでほんとうにかわいがってくれるのですよ、兄弟みたい
に・・・。小さい子をお風呂にいれたりとか、そういう経験もできます。」

 対談の途中で散歩からかわいい女の子たちが帰ってきました。はにかみながらも
笑顔で応対してくれます。子どもたちは保母さんを「お姉ちゃん」と呼ぶとのこと。
中学1年生の女の子は大辻さんのことを「ママ」と呼ぶと話されていました。「お
母さんなんて、年齢から考えたらあんまりでしょ。」と笑ってかえされていました
が、小学校1年生の時からみておられるその子の思いをしっかり受け止めておられ
る様子は立派なお母さんだという感がぬぐえません。若い保母さんたちが試行錯誤
をくりかえしながら、掃除、洗濯、炊事、育児と家事すべてに奮闘されている姿に、
子どもたちとのかかわりのなかに、子どもたちのことを語る眼差しのなかに、生活
者としてともに生きておられる手応えが感じられました。

     ●『セント・ファミー』の人々

 昨年開設されたグループホームで、ここには小学3年生から6年生までの男女6
人の子どもたちと長年グループホーム担当を希望されていた山下悦世さんという保
母さん1人が住んでおられます。まだ新しい借家で1階のガレージの上が居宅にな
っています。複数でのグループホーム担当や、ケースワーカー的勤務、本園でのユ
ニット方式(小グループ制)担当などさまざまな分野での仕事をされてきた山下さ
んは、1人での担当をまた新たな挑戦として楽しんでおられる様子でした。

 ちょうど、子どもたちが帰宅してくる場面に居合わせた私は、山下さんと6人の
子どもたちの楽しげな和やかなかかわりを目の当たりに見ることがてきたのです。

 子「ただいま。お姉ちゃん、今日な、○○ちゃんむかえにくるねん。」
 子「今日、宿題な、めっちゃ多いねん。」
山下「宿題してから、遊びにいきや。」
 子「あのな、今日は漢字練習の宿題してきたしな。」
 子「今日五時間目、体育やったんやけどな、雨やったし、フルーツバスケットし
    てん。」
山下「わあ、いいなあ。楽しそう。学校に遊びにいってるんやんか。」
 子「ほら,漢字テストあってん。」
山下「あー、惜しいなあ。まちがい一つだけ・・・。」

 どの子も山下さんに向かって心をひらき、いっぱい話を聞いてほしいのです。そ
の姿は大切なことを示唆しているように思われました。最近の子どもは親が学校で
の様子を聞いても答えないことのほうが多いと言われています。また、聞かれたこ
とには答え、指示されたことはするがそれ以上の主体性はみられないという現象も
多くあげられています。幼い頃から親やまわりの大人の管理下におかれ、能動的に
活動することの少ない環境のなかでいわゆる指示待ち人間を養成しているといわれ
て久しい昨今です。ところが、ここ『セント・ファミー』の子どもたちはどの子も
我一番とばかりに山下さんに話しかけているのです。聞いてもらえるということに
飢えていたがゆえの、また、自分を受け入れてもらえる人への熱い思いの現れでし
ょう。そのようなところにともに生きる豊かさの中身や一人ひとりの感性の鋭さを
問う材料が潜んでいるのではないでしょうか。何でも与えられ、押しつけられてい
るといってもいい飽満状態ではなく、自ら求め獲得していく、人と交わっていこう
という主体性や、ともにくらしている人へのあたたかさが、グループホームの子ど
もたちの生きる自信につながっていってほしいと願います。

<グループホームでくらすということ−インタビューより−>

     ●働く者にとってのグループホーム(1) −大辻さんの場合−

 はじめはね、託児園のほうを希望していたんです。実習でもそうでしたし、託児
園のほうへ行けるかなと思っていたのですが、就職して配属されたのは学童のほう
でした。1年間、業務担当でいろいろなホームに通うなかで乳児も学童も経験する
ことができ、また、苦手だと思っていた学童も会話ができて楽しいことがわかりま
した。

 それで次の年から『育みの家』での住み込みを希望したのです。最初、私には分
園の仕事は勤まらないだろうと思っていました。炊事や家事一切大嫌いだったんで
すよ。でも、通いの業務担当だったら、自分で担当の子どもというのは持てないし、
担当の子どもを持って仕事をしたいと思うようになったのです。分園は子どもたち
にあたたかい家庭的な環境があたえられると実感し、ぜひやりたいと申し出ました。

 実際やってみて、やりがいはすごくあります。住み込みをはじめて8年目になり
ますが、年々自分が変わってきました。1年目よりも2年目、2年目よりも3年目
というように自分も生活しやすくなってきました。そして自然にここの主になって
きて、自分の家なんだという実感ももてるようになりますしね。

 親からは反対されていた仕事なんですよ。「そんなしんどい仕事はやめろ。」と
言われていました。2年目の年の3月に父が交通事故で亡くなったんです。当時姉
の結婚が決まっていて母が1人きりになることもあり、住み込みをやめようかと悩
みましたが、やり残していることもあるので、できるなら結婚するまで『育みの家』
でのくらしを続けたいと思いました。それに今のままで親を大切にしたいという気
持ちがあったのです。なぜなら、この仕事をしてから親の有り難さというのがすご
くわかったからです。今まで当たり前だと思っていたことがありがたいということ
がわかって親孝行していこうとほんとうに思うようになったんでね、すごくよかっ
たと思っているんですよ。それまでは親に対して素直に「ごめんなさい。」と言え
なかったんです。反抗することしか考えられなかったのですが、仕事をするように
なって自分が悪かったことは素直にあやまれるようになりました。子どもたちから
教えられたことが多くありますね。

『育みの家』の台所。どこの
家庭でもみられそうな風景で
す。ここにいると,生活は用
意され,一方的に与えられる
のではなく,ともにくらす者
たちで創りあうものであると
いうことがおのずと伝わって
きます。









     ●働く者にとってのグループホーム(2) −山下さんの場合−

 私は勤めて12年目になるのですが、最初の4年間は『育みの家』の担当をして
いました。その当時はグループホームというものを自覚することなく、それが施設
の姿だと思っていました。ところが6年目に本園に異動になり、13人の子どもを
2人の担当保母が1つの部屋でみるという形で仕事をしました。ここではユニット
方式という形で130人の定員で120人弱の子どもたちを14のホームに分けて、その中
で担当制をとってみているんです。だから、従来ある施設のように何十人が一斉に
食堂で食事をするというようなことはなく、各部屋で生活しています。しかし、分
園の生活とはちがい、子どもの話をゆっくり聞いてあげられなかったのです。掃除、
洗濯、炊事に追われて・・・。何をするにも13人分ですよね。それを全部1人です
るのです。夜寝るときも子どもたちは保母に楽しいことがあったら聞いてもらいた
いのですが、一人ひとりの思いに応えてあげられなかったのです。その時、グルー
プホームの良さを初めて実感しました。小さいグループで個別に同じ決まった人が
かかわり、地域の中に出て生活するというグループホームを1人で担当してみたい
と思いました。園長先生にお願いし、3年後に実現し、ちょうど1年経ちました。

 ここでは、子どもたちといっしょに生活を創っていこうと話しあっています。大
きなホームにいるときは生活用品1つをとっても自分たちで調達しなくても自動的
に与えられたのです。家族単位で生活していくための細々したことを実感するなか
で家族を実感し、将来的には1人で生活しつつも人と支えあっていける子どもにな
ってほしいと思っています。そして胸をはって施設で生活しているといえる、そん
な強さを培っていける援助をしていきたいですね。

     ●働く者にとってのグループホーム(3) −仕事ではなく、生活として−

 グループホームに住み込むようになった保母さんから共通してかえってきたこと
ばがありました。

 ここの住み込みに入った時点から、仕事というよりも自分が生活する場という感
じで考えを切り換えました。日常というふうにすべてを捉えています。これが仕事
と思うとしんどいこともありますしね。これが生活と考えていますから、部屋にい
ても子どもらは入ってきます。「今はこないで。お姉ちゃんは休憩だから。」って
ことは言わないし、しんどい時は「しんどいし、お姉ちゃん寝るわ。」って言いま
す。子どもたちとのくらしそのものに溶け込んでいかないとお互いにしんどくなる
だろうと思います。
 通いのときは「こんにちは」って言って入って、「さようなら」と言って帰ると
いうことで切り換えていましたが、いまはそれがないですね。「いってきます。」
「ただいま」という生活で、自分の家があって実家があってという感じですね。
                               (大辻さん)

 ここにきて何が変わったかと言えば、仕事から生活に変わったなということです。
子どもたちもお姉ちゃんは仕事をしていると思っていないでしょうね。いっしょに
生活していると思っています。きっと書き物をしたり、ホーム以外の仕事をしてい
るときは仕事だと思っているでしょう。大きいホームでは朝来るお姉ちゃんが夕方
には帰って、夕方来るお姉ちゃんは朝に帰るという生活をしていました。ところが、
ここでは私は朝も夜も遊びにいくときもずっといっしょで、365日いっしょにい
るわけです。休みでも用事がないときはここにいます。自分の家だと思っています
から。」                               (山下さん)

 24時間をともにするくらしのなかで仕事というより生活といったほうがきっとよ
り実態として馴染むのでしょう。そのなかで育てあっていくものは子どもにとって
も生活をともにする大人にとってもかけがえのないものであることが2人の保母さ
んのことばからしみじみと伝わってきました。

     ●子どもにとってのグループホーム

 グループホームに入る基準になる子どもは、長期に渡って『聖家族の家』にいる
可能性の高い子どもで、乳児のときからここにいて、いわゆる家庭というものに対
して全く概念がない、家庭そのものを知らない子どもがほとんどだということです。

 グループホームに入って子どもたちはどんな変化を見せるのでしょうか。まず、
今まで本園のことは「ホーム」と言っていたのに、グループホームのことは「家」
と言うようになるそうです。これは保母に教えられたのではなく、自分たちで言い
合うようになるとのこと。民家を借りて住み、少人数での共同生活を営む。調理場
から運ばれてくる食事ではなく、目の前で保母が料理をすると、本園では食べたが
らない野菜でも子どもはいやがらずに食べます。また、残りものを詰めても喜んで
お弁当を持っていくとのこと。保母さんが自分のためにしてくれたという心に子ど
もたちは出会っているのでしょう。

 今年高校を卒業して『セント・ファミー』を巣立っていった女の子がこんなこと
を言っていたそうです。
 「お姉ちゃん、私、一人暮らしを実感するのは牛乳買うときやねん。」

 施設では牛乳は飲みたい時に飲みたいだけ飲めるのです。なくなれば調理場にも
らいに行けばあるからです。一般家庭だったら、買いにいかないとないし、一人暮
らしならなおのこと。その子は牛乳の値段の高さも痛感したとのことです。山下さ
んは、「大阪市から補助金の出る自立促進事業は大きい子が対象なんですが、大き
くなってからそんなことをしても遅いのです。現在この子らをみていて思うのです
が、小さいときから地域社会の中での生活を保障してあげたいですね。当たり前の
日常生活こそ大切なんですよ。」と強調されていました。

 大きいホームだと保母がするのが当たり前だと認識されているこまごました家事
一切もグループホームではみんなで生活を営むための仕事として受け入れられると
のこと。強制的にやらせる日課としての家事労働や一方的な規則を押しつけられる
のではなく、助け合うという心のふれあい、住み心地をよくしようとする共通の思
いを第一に考えておられるということがくらしぶりのなかににじみでています。

 規則の多い生活から少ない生活へ、大きな施設から小さな施設へ、大きな生活単
位から小さな生活単位へ、集団生活から個人の生活へ、地域社会から隔離された生
活から地域社会に溶け込む生活へ、依存した生活から自立した生活へ、という方向
で模索しつづけられてきた歩みをグループホームを訪れて実感することができまし
た。

<地域社会に根ざして−大人の意識変革−>

 グループホームが地域社会に働きかけ、根をはっていくことは、ホームの子ども
たちにとって生きやすい社会をめざすことにつながっていきます。『セント・ファ
ミー』の周辺には、お年寄りが多く住んでおられるとのこと。本園のなかではあま
りお年寄りとふれあうことがなかった子どもたちも朝のゴミだしをしていると、
「えらいね。いってらっしゃい。」と声をかけてもらっていると山下さんは話して
おられました。でも、時どき偏見を持つ人に出会うこともあるそうです。以前に比
べて理解はすすんできているとのことですが・・・。そういった大人の意識のため
に施設でくらしていることを隠す子どもがあとを絶たないのです。学校や地域に居
場所を見つけられないのは子どもの弱さではなく、地域社会・大人の弱さでもある
でしょう。

<すべての子どもが主人公たる社会をめざして>

 『聖家族の家』で出会った子どもたちは私に「家族(家庭)ってなに?」と問い
かけていました。ともすれば<家族に恵まれない子ども>と捉えがちですが、<恵
まれる><恵まれない>ということを基準にしたとき、そこからは上下関係のつな
がりしかみえてきません。また、いままで家族の基盤となっていた親子関係そのも
のも捉えかえす時期にきています。「子どもが権利の主体である」ということを位
置づけるなら、戦前から引き継がれてきたパターナリズムそのものを否定していか
ねばならないでしょう。

『セント・ファミー』の
男の子たちの部屋。小学
4年生の3人の男の子た
ちが使っています。とて
も気持ちよく整理されて
います。













 社会の中で孤立化が増し、少子化が生む家族の現状をふまえ、すべての子どもを
擁護する観点から、グループホームが新たな共同生活母体として共生を基盤とした
なかで展開されることを、そしてそれらが全国的に広がっていくことを心から期待
したいものです。

 子どもを取り巻く政策が大きく変革しつつある時期に、限られた枠組みでのwelfare
ではなく、 well-being  としての歩みが今社会のなかで広く求められているのではな
いでしょうか。


〔『聖家族の家』の施設案内〕
 聖家族の家は、児童福祉法によって措置される子どもを養育する養護施設と乳児
院からなっています。また市や地域のニーズにあわせて放課後児童クラブ『マリア
子どもの家』やショートステイにも積極的に取り組んでおられます。

 長期に滞在する子どもが多いなかで、その人格形成の確立を目指した養育を独自
にすすめてこられています。なかでも、『分園(グループホーム)』は全国に先駆
けて実績を積まれています。また、親子の絆を深めたり、子どもの情緒的安定をは
かるための週末帰宅や、帰ることのできない子どものために週末里親を依頼されて
います。遊戯療法を取り入れられているのも大きな特徴です。

 施設における日常生活では、家庭的雰囲気と心のやすらぎをあたえられるように
配慮し、健全な育成に努められています。

 所在地:大阪市住吉区南田辺4丁目5番2号      TEL : 06(699)7221〜3

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