子どもと生きる

〜いのちをわかちあうくらしを訪ねて〜

(ミネルヴァ書房「発達」73号,1998:冬 連載第12回)



 大阪市住之江区にある「きのみ保育園」はポートタウンの誕生とともに開設された保育園です。7年前から実施されている一時的保育も地域の親たちの願いから出発されました。現在では多様なニーズに応えるべくさまざまな子育て支援事業が展開されています。
 昨年度開設された姉妹園「きのみむすび保育園」も共通の保育理念で運営されています。ここは,休日の一時的保育の窓口でもあります。一貫した自由保育(のびのび自由保育)をすすめられるなかで,遊ばせるのではなく遊ぶ子を育てる,子どもが主体的に遊びこんで,遊びきるまで待ってやることを大切にされています。
 また,みんなちがってあたりまえという発想の下,ハンディキャップのある子もない子も,一時的保育の子も毎日通園の子も自然に交わり,対等にぶつかりあい,おとなたちとのくらしをつくりあっています。
                  所在地:大阪市住之江区西加賀屋4-4-10
                   電話:06-682-3001


保育政策の転換のなかで

 私が初めて一時的保育をされている保育園を訪れたのは,厚生省が「一時的保育事業」を施策として推進しだした(1990年)2年後のことでした。尼崎市にある民間保育所で,2階ホールの片隅に一時的保育をするコーナーが設けてあり,2〜3人の子どもたちが遊んでいた風景が記憶に残っています。

 「一時的保育事業」は,女性の就労形態の多様化に伴う一時的な保育や保護者の傷病による緊急時の保育に対応するために,保育所を地域における保育センターと位置づけ,促進されてきた事業です。今回訪問する機会を得た「きのみ保育園」はそれ以前から全国的に先駆けて一時的保育を実施されてきたとのこと。当時,私が所属している研究機関子ども情報研究センターの機関紙「はらっぱ」の特集で大阪市の一時的保育事業に関する特集が組まれました。記事のなかで「きのみ保育園」が紹介されていたのを思い出しました。希望者すべてを受け入れるという方針が印象的だったのですが,さて,どのような保育を積み重ねてこられたのでしょう。

 この間,1984年の“電話育児相談事業”の開始を皮切りに保育政策も少しずつ転換を求められてきました。一時的保育事業(“非定形的保育サービス事業”“緊急保育サービス事業”)もその一環です。そして今年,児童福祉法が改定され,来年度より実施されようとしています。改正第24条では「措置」という言葉がはずされ,さらに親の保育所選択のための情報提供についての規定も追加されるなど,戦後の保育政策は一つの大きな転換期を迎えています。この時期に子どもやくらしをともにしている大人の側から施策をみつめなおすなかで,子どもの立場に立っての保育サービスを捉えかえしたいと思いました。「きのみ保育園」「きのみむずび保育園」ヘの思いはそのようななかでふくらんでいったのです。


きのみ保育園を訪れて

 大阪市住之江区にある「きのみ保育園」とその姉妹園で昨年に開設された「きのみむすび保育園」を訪れたのは紅葉の美しい11月のことでした。

 「きのみ保育園」は団地と大学に囲まれたポートタウンの一角にあります。新しい町とともに生まれ,町とともに息づいてきた保育園です。ここには0歳から6歳までの子どもたちだけでなく,同じ敷地内に子どもの家(学童保育)があり,小学1年生から6年生までの子どもたちが放課後のひとときをすごしています。

 迎えてくださったのは,一時的保育を担当されている東和子さん。就職当時からほとんどずっと一時的保育に携わっておられるという笑顔のやさしい保母さんでした。


●すきな場所ですきな友だちと

 「きのみ保育園」の園庭では,すべての子どもたちが入り混ざって好きなあそびをすきな場所で繰り広げています。

 東先生が開口一番口にされたのは,「どこに一時的保育の子どもがいるかわからないでしょ」ということばでした。実際,園庭であそんでいる子は見分けがつかないのです。それに誰がどこの部屋に入っても許されるとのこと。ですから,砂場であそぶ子,円ドッチをしている子,かんけりに夢中の子どもたち,みんなそれぞれにあそびきっています。1人であそぶ子もいれば,2人であそぶ子もいたり,数人での集団あそびも展開されています。子どもにとって<ひろば>と同じくらい大切な<すみっこ>も保障されています。園庭の奥には,使われなくなった電車が置かれ,なかは「子どもの家」として学童保育に使われています。車両の下の空間には牛乳パックで部屋がつくられていて,そこが恰好のままごとコーナーになっているのです。保育室やホールで制作を楽しんでいる子どもたちもいます。保母さんはあちこちに点在されていて,それぞれが子どもたちのあそびに寄せてもらっているという雰囲気です。主導や指示がみられません。

 乳児グループの子どもたちは散歩にでかけるところでした。他のクラスでもいっしょに行きたい子どもはだれでもついて行けるのです。今日は一時的保育の子も一人参加。「いってきます」「いってらっしゃい」のやりとりで出発しました。クラスの枠を取っ払っての保育はスタッフ同士の連携如何にかかわってくるものです。一時的保育の子どもも含めて全園児をスタッフ全員が把握し,それぞれが責任をもってかかわっておられるのでしょう。大人の安定した働きかけや援助,子どもの思いを大切にされている姿勢が,子ども同士ののびやかなかかわりやあそびの質に反映されているのを感じました。


●つくりあうくらしのなかで

 子ども主体のくらしを東さんは語ってくださいました。

 一時的保育の子どもはだいたい8時半頃から9時半頃の間に登園します。保護者のニーズにあわせて時間もまちまちです。デイリープログラムは一応決め,年間計画も立てていますが,それはあくまでも私たち職員のためのカリキュラムであって,子どもに押しつけることはありません。10時頃には一度部屋に入っておやつにします。お茶とスルメかコンブ,どちらかを食べます。これは子どもの登園確認のためでもあります。子ども同士の紹介はあらためてしなくても,週に3日通園する子などは新しい子に対して自然にあそびに誘いかけたり,「泣いているよ」と保母に知らせてくれたりしています。子ども同士のかかわりはとても自然に生まれてくるものです。保育園の子との交わりもしかりです。年齢が高い子が1人しかいない場合などは,その子の希望を聞いて保育園の子といっしょにすごすように配慮したりしています。学童の子とあそびたいということもありますよ。給食は11時半頃から始めるのですが,それも子どもと相談しながらです。気持ちに添った1日の流れのなかで子どもはずいぶん落ちつくものです。

 お昼前の東さんと子どもとのやりとりのなかに園の保育方針を見る思いでした。

 (午前11時20分 砂場でのこと)
 東 「もうすぐ給食にしようかと思うけど給食食べる?」
 A男「まだ食べない。」
 B男「まだ食べない。」
 東 「そう,まだ食べないの。」
 (午前11時35分 A男が部屋に入ってくる)
 東 「おかえり。食べますか?」
 A男「はい。」
 東 「じゃ,手を洗ってね。」
(B男に)「B男くんはどうしますか? 食べる? じゃ,いらっしゃい。」


出会いのときを大切に−インタビューより−

 東さんが「きのみ保育園」に就職されたのは,一時的保育が開設された半年後とのこと。当時の話を語っていただきました。

 開設当時は,一時的保育にやってくる子どもたちの人数がとても多くて,毎日30名くらいいました。そこだけで小さな保育園ができるほどでしたよ。0歳から5歳までいました。最近はだんだん子どもの数が減ってきましたが,いまでも平均すれば10名くらいは来ています。

 ここの一時的保育の特徴は,いつでもだれでも利用できるということです。満杯だからといって断ることはありません。「こまっている人はどうぞ来てください。いつでも受け入れ体制はできています」と言っています。そのため常勤の保母は4名いますが,それ以外は非常勤の保母で対応しています。常時2名の非常勤保母がきていますが,登録制になっていて常に待機しています。ですから,その日の子どもの数が急に増えたりしても連絡して来てもらうことができるのです。一時的保育が必要になるのは緊急のことが多いので,その日の朝に連絡が入って来られることもありますしね。


 いつでもだれでも利用できるという姿勢−開設当初の希望者すべてを受け入れるという方針は現在も変わっていなかったのです。

 私が訪問した時,ちょうど保育室では4歳になる女の子がベッドに横たわり,チュープ栄養を摂取している最中でした。重い障害のある子で担当保母がひとりついているとのこと。ふだんはおばあちゃんといっしょに通園施設に通っているのですが,おばあちゃんが病院へ通う週に2日だけは一時的保育に通って来るそうです。1時間かけてミルクを摂取したあと,テラスで保母さん相手に移動練習をしたり,バギーに乗って園庭に出たりしていました。若い保母さんがあたりまえにその女の子にかかわる自然さが子どもたちのいる風景のなかにとけこんでいます。東さんのことばを借りると

 ここでは,障害のある子もない子もいろんな子どもを受け入れています。保育園の子も一時的保育の子もいっしょです。ここは,分けへだてなく全部でかかわれる所ですよ。


●東さんにとっての一期一会

 保育園の子はいつも同じ友だちがいて,安定してあそんでいるでしょ。でも,一時的保育の子は毎日ちがった子がきて,なかには週3日くる子もいますが・・・。やはりさびしそうな顔をしたり,泣きべそかいていたりすると,この子にはうまく友だちのなかに入れるようかかわってあげようという気持ちがいっそう強くなります。そんな出会いが重なって一時的保育の担当から離れられなくなりました。子どもたちが安心してここにきて,あそんで楽しかったという気持ちで1日すごせるような保育をしないとだめだと思っています。はじめての場所で不安になっている子には,まず抱きしめて,安定させてあげることからはじめます。落ちつくと子どもは自分の好きな玩具やあそびを見つけてあそびだすものです。1日中給食も食べないで泣いている子なんて,まず,いないですね。一人ひとりの子がもっとも快適にすごせる工夫や方法を子どもといっしょに模索します。だから,ここにくる子は帰るとき,「バイバイ。またくるね。」と言う子が多いのです。そのひとことがうれしくって・・・。

 もうひとつうれしいことがあります。それは,開設当初より一環して保育や受け入れの姿勢が変わらないということです。どのような子が何人来ても十分にかかわってあげられるということ。そのことを一環して大切にしてきました。子どもに対する接し方が最初も現在も変わらないというのがうれしいですね。仕事を通じての仲間との支え合いが大きな力になっています。



●地域の要求のなかで生まれた事業

 この土地は,新しい町なので,近所づきあいがまったくないとのことです。近所づきあいをしたくないためにこの町に来た人も多いのです。ところが子どもが生まれると,困ったことがあっても頼る人もなくなってしまう。そんななかで,1日だけ預かってもらうことはできないものかと,保育園に問い合わせがあったそうです。それを引き受けていくと,だんだん口コミで増えてきて,最終的には事業として成立するようになりました。全国で最初に地域が要請して生まれた一時的保育事業だったのです。母親の悩みに耳を傾け,援助していく姿勢や歩みのなかで一時的保育事業に留まらず,「きのみ親子相談室」,「育児リフレッシュ支援事業」,「親子サロン」へとつながっていったのでしょう。それは単なる保育の肩代わりではなく,地域のなかで育ちあうことを基盤にした子育て支援であり,子どもがのびやかにくらせる場をつくりあうためのアプローチとしての力強さが伝わってくるものでした。


きのみむすび保育園をたずねて

 住之江公園のすぐ近くにある「きのみむすび保育園」は,新保育指針を建物に表現したらどのようなものになるだろうと考案され,建築されたものです。オープンスペースを基本にした園舎のなかでクラスはあってないようなもの。いわば,保育園が1クラスで,家族としての位置づけになっています。1階は主に乳児の子どもたちのくらしの場であり,全員の食事の場にもつながっています。部屋としてそれぞれが独立しているのではなく,棚で仕切られています。そこには,都市での住空間の狭さがもたらす子どもの発達の弊害を克服すべく工夫が見受けられます。2階は全長34メートルあり,全館広々とした空間のなかで運動量の保障が配慮されています。

 もう一点重視されていることは異年齢での交わりです。一応クラスと担任は決まっているとのことでしたが,実際にはどの先生がどの子にかかわるという枠組みはありません。保護者には「どのスタッフにお子さんのことを尋ねてもらってもかまいません」と返しておられるとのこと。「きのみ保育園」以上に子どもたちは一体となって交わり,あそんでいました。

 一時的保育に関して「きのみ保育園」とのちがいは別枠のクラスとして位置づけられていないということです。一時的保育の子どもも他の通園児と同じ枠のなかで受け入れられてい ます。

 そして,ここもまた,一時的保育の子どもは見分けることができませんでした。

 おやつの時間のことでした。子どもたちは自分の好きなテーブルで好きな子とおやつを食べています。その日のおやつはみかんと揚げパンでした。一人でみかんをうまくむくことができない小さな子がとなりにくると,大きな子があたりまえのように手をだし,むいてあげているのです。むいてもらっている子もじっと待っています。その光景はまるで家族での姉妹の姿です。きっとこのような日常のさりげないかかわりや姿のなかに保育園が家庭・家族の延長であるという精神があらわれているのでしょう。みんないわゆるごちゃ混ぜであそんでいるのですが,不思議に混乱は感じられないのです。大家族としてみればどれも納得のいく風景でした。


花城さんにとっての一時的保育−インタビューより−

 「きのみむすび保育園」で取材に応じてくださったのは,花城清恵さん。長年勤めておられた私立保育園が廃園になったので,新設のむすび保育園に勤務されるようになられたとのことです。

−一時的保育をされるなかで特に配慮されていることはどんなことですか?

 小さい子どもの場合は一人ひとり細やかに配慮することがたくさんあります。食事の形態などもそのひとつです。また緊急でやってくる場合お母さん方も不安が高いので,一時的保育であっても専門的にきちんとみていくということを送迎時に直接話し,伝えることで,お母さんたちに安心してもらえることを大切にしています。特に最初の受け取りは,安心できるように固定した保母が対応するようにしています。子どもの状態をきちんと親に伝えて,今は泣いていても泣きやんであそぶようになることや小さな社会という枠のなかでいろんな刺激を受けるということなど,見通しを伝えるなかで,心配ないことを知らせています。受け入れる側が「大丈夫だ」という気持ちでしっかり受けとめると,泣いていても子どもは落ちついてくるものです。

−受け手の方がどれくらい安定させてあげるかによってちがうのでしょうね。かなりの子どもがいても自然に受け入れておられるのに感心しました。

 子どもたちは新しくきた子にはとてもやさしく親切に接していますよ。大きい子もよくめんどうをみていますしね。ここでは,同年齢でも異年齢でも自由にかかわれるし,自分の好きな大人(保母)とのかかわりも保障されていますしね。子どもはのびのびあそんでいますよ。特に先生が限られていないというのがいいんでしょうね。担任だからといって,その先生だけではなく,好きな時に好きな先生とかかわることができるというのがいいみたいですね。最初は「この先生」というふうにひとりの先生にくっついていても,子どもが安定して自分であそびはじめると,そこからいろんな人との多様なかかわりができてきて,関係性がふくらんでいきますね。大人も子どももいろんなかかわりができるので楽しみです。

−むずかしいと思われる点はありますか?

 その子どものことがすぐに全スタッフに行き届かないことがあります。この子どもに対してこうしてあげたいと思うことをスムーズに伝え合えるような工夫や一人ひとりの子が積極的にあそびこめるような環境づくりを工夫していかないとだめだと思います。それに一人ひとりの子どもを見きわめていくのがむずかしくてなかなかできていないです。毎日が試行錯誤ですね。

−一時的保育に携わるなかで,うれしかったことや心に残っていることは,どんなことでしょう?

 小さい子どもの成長というのが,クラス別・年齢別の保育よりみられるような気がしますね。大きい子の刺激をどんどん受けているでしょ。きょうだいのいない子が,大きい子とかかわったり,小さい子のめんどうをみたりしている姿をあちこちで自然にみることができるのです。うれしいですね。新しい赤ちゃんがくるとみんな寄ってきますからね。とても よろこんでいます。

 これからもっと私たちが勉強してうまく取り入れていけたらいいなあと思っています。何をすべきなのかということを毎日考えながら仕事をしているのが現実です。

 それに,一時的保育というのはほとんどの方が緊急で来られます。どんな状況でも安心して預けてもらえる所にしたいですね。そのなかで子育てをまたちがった形で援助できると思いますよ。来てよかったと思っていただけるよう配慮することと,少しでも地域のなかでの子育て支援としてスムーズに運営できればなあと思います。近くの方がけっこう多く,仕事と子育ての両立で困っている人が多いのだなと実感しました。広く門を開けているので気軽に利用してほしいと思います。自分の大事な子を預けるということは,お母さんにとっては大変な思いをされることになるでしょ。でもきょうだいの少ない子どもがみんなのなかですごすということ。−−ここでどれくらい子どもがのびのびすごしているかということを,保育園に来て集団のなかで育つということで吸収する面がたくさんあるということを,保護者にわかっていただけたらうれしいですね。


 花城さんのことばからは,子どもや仲間と日々どんなくらしをつくっていけるだろうかというわくわくするような生きるエネルギーが伝わってきました。そこにも子育て支援の原点がひそんでいるように感じられます。


現在保育所に求められているもの

 今回は,姉妹園としての2つの保育園を訪れ,一時的保育事業のなかでの子どものくらしをかいまみることができました。

 保育園という生活のなかで毎日すごす子,ときどき来る子,定期的に来る子,一度だけ来る子・・・さまざまな子どもの姿があります。それらを互いに異質でありつつも,友だちとして,新しい仲間として出会っている子どもたちの姿を受けとめることができました。人を受け入れようとする広い心はまわりの大人たちが示されているのでしょう。異質を排除し,ちがいを受け入れないという子ども社会を私たち大人が提供していることの多いなかで,ここはとても自然に人と人とが交わり,子どもも大人ものびやかにくらしあっているのです。多様なニーズに応えようということは,本来そのようなことではないでしょうか。いまさらながらに再確認しました。ごくごく自然に素朴にくらしあうことを日々のくらしのなかでとりもどすことも,社会的要求と同時に私たち大人に課せられた仕事であると,「きのみ保育園」「きのみむすび保育園」の子どもたちはくらしを提示することで物語っていました。



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