子どもと生きる

〜いのちをわかちあうくらしを訪ねて〜

(ミネルヴァ書房「発達」77号,1998:冬 連載第16回)



 社会福祉法人路交舘は,聖愛薗が「この子を見捨てられない」思いで障害児を受け入れて以降20年余り経ちますが,その間障害を持つ子も持たない子も一緒に遊び・共に育ちあう保育を大切にしてこられました。そのなかで,1人ひとり,の「違い」を大切にすること(多様性)や,「人」は1人では生きられないこと(共生)の大事さを学び,仲間たちに支えられて1人ひとりか精一杯の力を発揮し,自分たちで問題解決する力を育てることを目標に保育されています。

 保育所聖愛園では,産休・育休明け保育や長時間・延長時間保育に取り組み,また,夜間保育所あすなろや,つくしクラブ子どもの家(学童保育)を開設。また,地域の子育て,子育ちを応援するため,地域子育てセンターも開設されています。

 〒533-0023 大阪市東淀川区東淡路2丁目7−5
 (ホームページ公開中)http://plaza10.mbn.or.jp/~rokoukan



<保育所聖愛園との出会い>

 この連載が始まった頃,訪問してみたい保育所として最初に浮かんだのが「聖愛園」でした。聖愛園の仲間との出会いは,もう十数年以上前になります。個人的な研究の場として籍を置いている子ども情報研究センター(当時は乳幼児発達研究所)主催の保育集会に初めて参加したときでした。当時私はただ1人で参加しました。ところが,聖愛園は園長をはじめ,多くの職員の人たちが参加されておられたのです。驚きと感動を覚えたのを,今でも鮮明に記憶しています。保母になって初め子出会った民間園に働く仲間でした。以来,研究会活動や研修の場で交流を重ねるなかで多くの刺激を受けました。私にとって聖愛園の活動を知ることは,保育の原点を振り返ることであるとともに,公立保育所に勤める者として公的役割を問われることでもあったのです。

 取材訪問の希望を伝えたのは,4年前のことでした。たまたま用事があって大阪の淡路を訪ねた時,道すがら偶然にも聖愛園の前を通ったのです。子どもが思いがけずステキなものを見つけて目を輝かせるときと同じような心境になり,1人顔がほころんでしまいました。狭い園庭に子どもたちがいっぱい集まってとてもにぎやかです。どの子もはつらつとしていました。そんな偶然の発見がうれしくて,私は帰りがけに立ち寄りました。突然の訪問者を園長の枝本さんをはじめ,みなさんあたたかく迎えてくださいました。「狭いし,子どもはいっぱいいるし,訪れる人はびっくりされるけれど,うちはいつきてもらっても歓迎しますよ」。そのことばどおり,迷路のような廊下や階段をまわって建物の中を案内していただきました。昼間は学童保育室,夜は夜間保育室...というふうに限られた部屋を時間区切りで有効利用されているのです。ハードスケジュールとそれをこなすパワフルな職員,子どもはのびやかでマイペース。でも,知らんぷりしない。旧知の草場さんは,子育て支援事業の機能を生かすべくコーディネーターとして活躍しはじめたとのこと。地域のニーズを先取りしての夜間保育をはじめ,一時保育,親子通園,子育て相談などを通じて保育所としてだけではなく,地域の子育て支援センターとしての役割を模索されている最中でした。私は連載の話をし,改めて取材したい旨を伝えました。「近いし,気にせずいつでもいらっしゃい」と枝本園長。その「いつでも」のことばに甘えつづけて4年経ったのです。いつでも行ける場という常なるものを携えると人は心置きなく仕事をすすめることができるものです。

 いくつかの出会いを重ねるなかで聖愛園への思いはますますふくらんでいきました。そんな思いに機動力がかかったのは,「新園舎竣工」の朗報でした。10月末に竣工式があったとのこと。チャンス到来とばかりにさっそく連絡をとり,引っ越されてまもない2月初旬に再訪することになったのです。


<子育ち・子育て支援の統合型施設をめざして>

 聖愛園は阪急淡路駅から徒歩約5分。商店街を抜け出ると子どもたちの歓声とともに真新しい建物が左手に見えてきます。密集した住宅のなかに位置し,たいそうな門構えもなく,誰もが自然に足を踏み入れられるようなアプローチになっているのです。中央はアトリウムになっていて空を仰ぐことができます。迎えてくださったのは,4年前から取材を約束していた草場さん。彼女とは知床半島のナショナルトラスト運動の最高潮期に現地まで旅をともにしたのが出会いでした。会うたびにはつらつとして若々しくなっている彼女とことばを交わすことは,同世代の者としてとても刺激的です。今回もさわやかな笑顔で歓迎してくださいました。

●3つのテーマの下に−新園舎建設にあたって
    「子どもは,子どもたちのなかで育つとき,生き生きと自分を成長させる」
「親は,共同して子育てするとき,子育てが楽しく豊かになる」
「保育は,1人ひとりの子や親の生活に寄り添うことから始まる」

 これら3つのテーマを掲げて,新園舎建設に取り組んでこられたそうです。これまでの取り組みの集約であり,新園舎で取り組もうとする課題の集約であるとのこと。草場さんの案内で1階から3階まで各部屋をまわりながら,私は「なるほど...」とうなずきました。決して広いとはいえない敷地のなかにさまざまな機能を生かすべく独立した部屋が確保され,かつそれらが全体的に総合されているのです。

 これまでの取り組みの集約を一時的保育にあげながら,草場さんが語ってくださいました。

 「やってみて失敗していることは,いっぱいあるんですよ。たとえば,一時的保育にしても最初の頃は,保育所の同じ年齢のクラスに入れて保育していたのですが,そうすると保育所の保育の方が進まなくなってきたのです。一時的保育の部屋を独立させてつくって動きだすと,ニーズも多くなってきました。今のところは15人ほどの枠をつくっています。時間や曜日にも市の方は制限をだしていますが,一時的保育の延長とかニーズにあわせて幅を持たせています。休日の一時的保育も親のニーズから始めるようになったのです。ですから,保育所は休日がありますが,一時的保育は365日開いている状態です。保育所の決まった生活パターンにどの親子もあわせるようなことはしたくないと思い,工夫したり,試行するなかでどんどんいろいろな事業が生まれてきました。保育所が延長保育もしないと言ってしまえば,結局子どもは二重保育を受けたり,家のなかにおいておかれたりといった現状がでてきます。それならうちで引き受けていこう。そこで出てくる問題を親といっしょに話しあいながら解決できないかという思いで取り組んできたのです。

 建て替える以前から構想はできてきて,それに伴い建て替えたのですが,ハード面では限界があります。現在はこの建物をいかにフル活用できるかを検討しながら,整理し,ニーズに応えていきたいと思っています」

 草場さんの話からは,これまでの取り組みの手応えがずっしりと伝わってきました。3つのテーマが少しずつ見えてきたのです。そこで,草場さん自身の歩みをより深く尋ねてみたくなりました。地域のなかで求められていること,それらを拓いていくための展望へとつながっていることを期待し...。


<共生保育の歩みのなかで>−−インタビューより

 高校生のときすでに保母になったいと思っていた草場さん。その思いを確かめるようにボランティア活動を展開されていったのです。

●わたし・そして聖愛園

 高校のとき保母になりたいと思ったのですが,ほんとうにむいているのか不安でした。実際そこに勤めるだけの夢を託せるかどうかという不安があったので,高校の先生に相談したのです。すると,ちょうど同じ高校の先輩で幼稚園に勤めていた人たちが豊中で無認可保育所をされていたので,そこを紹介されました。それで高校2年のときにそこに飛び込んでボランティアをしてみたのです。いやだったら進学コ−スを変えようと思ってのことだったのですが,そのまま保育科のある短大を出ました。

 卒業と同特に就職するつもりで探していたときに,その無認可保育所の先生たちが結婚適齢期で「保育所を閉めるから,譲るのでやってくれないか?」と言われました。そこで卒業と同時に友人と3人で20歳そこそこで受け継いだのです。それまでボランティアでかかわっていたので,親の不安はなく,信頼関係ができていました。豊中市も私たちの活動に目をむけてくれて,「保育所を増設中なので条件が整えば(2年先くらいに)市に来てほしい」と,言われました。そこで2年間の枠を区切って無認可保育所を引き継ぎ,その後子どもたちの受け入れ場所も決まったので,無認可保育所は閉めました。そのとき,市の職員になるよう勧められましたが,私は公立に行くのに少し抵抗がありました。聖愛園に勤めている友人がいたので,そこに勤めてみようかと思ったのです。当時の聖愛園は幼稚園でした。今度は保育所ではなく,幼稚園に勤めたいという思いもあったのです。ところが快く来てほしいといわれた聖愛園はその春から保育所として再出発していたのでした。幼稚園の頃の先生が保母資格を取得して残っておられ,その人たちとスタートから保育所作りをしてきているので,自分たちが作りあげてきた保育所という意識がありますね。公立保育所に行かなかったぶん,ここでは自分のやりたいことをことばに出して検討してもらえるという土壌がありました。ですからみんなで運営も含めていろんなことを考え,検討してすすめてきたのです。ふつうだったら,保育内容だけ考えていけばいいのでしょうが,園長も含めてみんなで取り組んできたという思いがあります。すべて現場の職員が主体的につくってきている園なんです。


 草場さんの話を聞きながら,今までいろんな場で目にしていた聖愛園の人たちの交わりの様子を思い起こしていました。園長も職員も経験年数も年齢も関係なく,対等に自然にかかわりあっておられる姿がいつの日もとてもさわやかだったのです。長い年月をかけて1つの目標に向かって歩いてこられたなかで培われてきた共同体であることを再確認することができました。

●障害ののある子とともに

 私が聖愛園と出会った頃から「障害」のある子もない子もあたりまえに保育されているという,主体的な取り組みが印象的でした。その神髄を「幼稚園聖愛園」時代の歩みからさかのぼってたずねてみました。

 初めて「障害」のある子を受け入れたときはきっと大変だったろうと思います。ずいぶん考え,話しあった上で受け入れの方向を見いだしたと聞いています。地域の子をどの子も受け入れられないと幼稚園とは言えないんだというところから出発しています。日常的な保育というのは,確かに多数の子ども的な部分で動くことが多いんですが,少数のしんどがっている弱者的なところに目をむけていくことを同時にしていかなければならないという方向性がこの頃から確立されていきました。

 親や子の二ーズをくみ取っていくと,何をしなければならないかが見えてくるのです。夜間に保育を必要としている子に目を向けると,夜間保育の心要性がクローズアップされてきます。また,保育所に来る親子だけでなく,地域に住む親子のしんどさも見ないといけないんじゃないかと始めた子育て支援など,そういうところに気づいていったのは,どういう場面でどういう企画をしていったら地域のお母さんたちの声が聞こえるんだろうと工夫するなかで,声を拾い,整理していったらいろんな事業が生まれていったというのが現状なんです。

 最初は子育て相談だけだったのですよ。でも,それは役所もやっておられることで,結局お母さん方は具体的に手だてがないと相談だけでは解消できなくて,どこかに器を作らねばならないということでやり始めました。受け入れた子どもたちの成長とともに事業が広がっていったということも言えます。学童保育,学習援助,外出支援などもすべて子どもの二ーズから生まれたものです。


●子育て支援事業のコーディネーターとして

 今まで乳幼児の子育て支援を重視してこの15年くらいやってきました。学童保育は始めてから20年くらい経っています。そのなかで求められてきたのは,地域子育てセンターとしてより充実した内容だったのです。そこで,5年前から子育て支援推進部を作り,私が子育て支援コーディネーターとして活動するようになりました。

 それまでは保育所でクラスを12〜3年担当していて,その後子どもたちといっしょに学童保育に移ったのです。そこにいると小学生のしんどさやギスギスした学校教育の問題が見えてくるのです「障害」児を原学級保障で送り出すことで小学校との連携の大切さを実感しました。それが学童保育担当者の課題でもありました。現在では原学級に「障害」児がいてあたりまえになってきています。そこで,「障害」児なりの成長を確認したり,まわりの子どもたちの変化(それぞれのちがいを受けいれる,助け合う心が育つなど)を先生たちか実感されるようになったのです。だから,今度は中学校との連携が課題ですね。少なくとも,教育は幼保も含めて小・中学校くらいは連携がとれるようにもっていかないと,ぶつ切りになってしまって,せっかくつくりあげてきたものがつぶされてしまいます。だから課題はつきません。やはり一番しんどいのは「障害」のある子どもだと思います。

 一方で,中学生あたりの事件があいつぎ,しんどさをかかえた子どもたちがますます増えている現実があります。この地域でも子ども会がなくなってきています。学童保育ではいろんな取り組みができるのですが,それ以外の子どもたちの行き場というのを子育て支援のなかですすめていくべく対象児を18歳までの子どもに広げました。そのなかで一番見えてきたのが,18歳までの「障害」児の地域の中でのしんどさでした。うちの卒園児だけでなく,そういう子どもたちを対象に何かできないだろうかというのが第1の課題でした。そこで去年から始めたのが「障害」児の外出支援です。第2,第4日曜日を利用して「障害」児を預かり,ボランティアさんについてもらっていろんな所にでかけて社会の中での経験をさせてあげようという取り組みです。家族にとってはやはり重い「障害」児を連れて出るのはなかなか大変なことなのです。とりあえず,去年の4月からスタートしています。ボランティアも定着してきて登録人数は百名くらいになりました。一応前もって企画を親やボランティアに提示して参加の有無を確認しています。

 外出支援に参加している子どもは小学生から18歳までの子です。なかには養護学校に通っている子もいますが,駅と学校くらいの社会しか知らなかった子が,駅まで行って切符を買うことからひとつずつボランティアとともに経験して電車に乗ってというようなことを積み重ねることによって社会性が少しずつ広がっていることがあるんですよ。だから,話せない子でもリュックを持ったら今日はどこかへ行けるんだと楽しみが出て,見通しがもてるようになったり,今までお母さんにしか気を許さなかった子どもがだんだん関わっていくなかで自分の意思を1つでもだせるようになってきているというのが見えてきます。

 親にとっては子どもが外出している時間をどのようにすごすかが課題になってきます。自分のための時間を大切にしてほしいし,親のレスパイトの部分でもあると思うのです。もう1つはね,「障害」のある子の兄弟姉妹は,自分が甘えることって少ないのです。親ががんばっているのを身近でみているので,無理は言えないとがまんしているってことがよくあるんですよ。これは,外出支援を始めて見えてきたことなのです。例えば,自転車に乗りたい時期に親に手伝ってもらって練習することがなかなかできなかった子が,きょうだいの外出支援の時間帯にいっしょに練習してもらって乗れるようになったとか,どこかに遊びに連れて行ってもらったという報告を聞きます。

 それに,ガイドヘルパー制度って18歳からでしよう。18歳になってね,「はい,どこに行きたいの? 何を食べたいの?」といくら聞かれても,社会経験がなかったら・・・,例えばレストランに行って「これ食べたい」っていう経験がなかったら,与えられたものしか食べられないわけでしょう。そういうことを今のうちに積み重ねることが大切なのです。「健常」児だったら,中学生にもなったら,友達同士でいろんなところに行くようになりますものね。


 自立につながっていくことを成人になるまでにどれくらい経験しているか,それが楽しく生きるための選択肢をふやすことであり,その後の人生の豊かさにつながっていくのでしょう。


<淡路で交わる人々の館として>

 現在,あらゆる地域で子育て支援センターの充実,推進がうたわれ,取り組みや報告を受ける機会が多くあります。しかし,その活動は地域に住む目の前の親子をどう守るかという対処法にとどまっていることがよくあります。もちろんそれをすることも重大なことなのですが,人生という長いスパンで1人ひとりが生きる場,ともに生きる場をとらえていかないと,いのちをわかちあうくらしにはつながっていないように思えます。今なにが求められ,未来に向かってどのようにアプローチすればいいのかということを,聖愛園から出発した路交館の活動は示唆しているように思えます。それは,決して確定されたものとしてあるのではなく,親や子,地域に住む人々のニーズによって常に自由自在に変革し,創り変えられていくものなのでしょう。

 子育ち・子育て支援の大切さを草場さんはケアの必要性のなかで強調されました。

 子育てに悩んでいる親に対するケアと同時に,今の子どもたちにも,年齢にあった1人ひとりのケアを考えていかないと,将来親になったとき,また子育てができなくて悩むようになるのです。この部分だけというのはないと思うんですよ。ゴールドプランやエンゼルプランなどと言って福祉は分かれていますが,この地域に住んでいるお年寄りや子どもや大人で,人とのかかわりがあまりなく,さびしい,しんどい思いをしている人は多くいるわけです。そういう人たちの居場所というか,かかわれる場になるよういろんな機会をつくっています。建物の中央にあるオープンスペース(光庭)が,忙しいお母さんや話し相手のいないお年寄り,働き盛りの人,すべての地域の人たちがホッとできる憩いの場になってほしいなあと願っています。

 草場さんとともに聖愛園で育った子どもたちはもう大人に,青年になっています。その子どもたちがぼちぼち集まってきているとのこと。ボランティアとして,あるいは,自由空間,仲間を求めて...。たった1カ所でいい,1人ひとりの子ども(たち)がいつでも,大人になっても,年老いても集える場をもっていたなら,それはなによりもすてきなくらしでしょう。「理想の器をどれくらい実現していけるでしょう...」と草場さんは言いつつも,「1年後にまた見にきてください」と力強いアピールをおくっておられました。

 草場さんをはじめ,路交館に集う人たちが大切につづけられてきたことを大切にもちかえり,私の生きる場でできることを見極め,しなければならないことを切り拓くべく歩いていきたいと思っています。親や子どもの思いに寄り添いつつ...。


社会福祉法人 路交舘

	東淡路子ども舘
		つくしクラブ			1年〜3年生,学童保育
		あでかけクラブ			1年〜18歳,障害児外出支援
		学習援助クラブ			1年〜18歳対象
		杉の子クラブ			4年〜6年生,自主的に活動を企画
		習字クラブ			企画中
		英語クラブ			企画中
		野外活動チャレンジクラブ	4年〜6年生,野外活動クラブ
		おためしクラブ			子ども館の単発的な企画に参加できる
		子育ち教室「くまの子」		幼児の遊び教室,子どもと親対象
		共同子育てサークル「ぶくぶく」	地域の親子の自主的な集まりの場

	保育所
		保育所聖愛園
		夜間保育所あすなろ
		一時的保育事業「すずらん」
		子育てひろば「あすなろ広場」	地域で子育て中の親子の青空保育
		子育て相談 			電話・来園


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