子どもと生きる

〜いのちをわかちあうくらしを訪ねて〜

(ミネルヴァ書房「発達」67号,1996:夏 連載第6回)



山へのあこがれを携えて

 私が福祉への道を志したのは高校二年生の頃でした。働くのなら山のなかの施設,そんな漠然とした思いにふけっていた時期でもあります。いま思うと,山に魅せられ,ボランティア活動を通して仲間や子どもたちと山に登る機会が多くあったことも左右してのことだったのでしょう。しかしながら,人はそうやすやすと若き日の夢や思いを葬り去ることはできないものです。今回は四十半ばにして,今なお心の片隅に息づいていたそんな思いに思いがけず再会する旅でもありました。私があこがれ続けていたくらし,そのなかで子どもたちとともに生きている女性と出会うべく旅は始まったのです。


村の保育所−峠としこさんと十七名の子どもたち

 京都から車で三時間半余り,山をいくつも越えて奈良県宇陀郡御杖村(うだぐんみつえむら)のなかにある土屋原保育所に出かけたのは,五月の雨の日でした。

 出迎えてくださったのは,今回取材をお願いした峠としこさん。穏やかな表情と素朴な口調から,保育所の雰囲気が想像できるようでした。ここの保育所は峠さんともう一人の保母さんの計二名で運営されています。子どもたちの数は十七名。三歳から五歳まで年齢ごとに一応グループが決められていますが,活動は全員いっしょ。保育所というより家族的な雰囲気が漂っていました。峠さん曰く「三歳から五歳まで毎日ずっといっしょですからね。泣いたり,泣かされたり。とったり,とられたり。兄弟もいますし,いろんなかかわりのなかでみんなが楽しくすごせるように子どもたちといっしょに助け合いながら生活をつくっています。」

 <楽しく><いっしょに><助け合いながら>,峠さんのことばがそのままにじみでるようなくらしぶり,私がみた家族のような保育所生活を紹介しましょう。

生活の流れは子どもたちで

 この日のお楽しみは,近くの神社で摘んだヨモギを使っての草餅づくり。下準備や環境作りは大人がしますが,活動の主体はあくまでも子どもたち。年長の子どもたち中心にすすめていきます。できあがったお餅はその場で賞味。ほんのりと春の香りがしてどの子もたらふく食べていました。その姿を見ていて「お弁当,食べられるかな」と老婆心がでてきます。すると,峠さんは当番の子どもたちを呼ばれました。今週の当番は赤組(年中児)さん。お餅を食べてきっとお腹が空いていないだろうから,お弁当の時間を遅らせようかという相談だったのです。その結果自分たちでお弁当は十二時二十分からにしようと決定し,他の子どもたちに伝えていました。

 保育室の時計の針が十二時二十分にさしかかった頃,当番のS君が保育室と隣の遊戯室を行ったり来たりして悩んでいます。「こっちの時計は二十分やのに,あっちの時計はまだ十五分・・・。」二つの部屋の時計に五分の誤差があったのです。結局,まだ夢中であそんでいる友だちのために,遅い時計にあわせてお弁当の時間になったことを知らせていました。

 ひとつひとつの活動について峠さんは当番の子どもたちに相談をされます。そのことについてたずねてみました。

 「当番活動は,保母に指示されてするのではなく,子どもたちが主体的に取り組んでいくものだと思っています。年長の終わり頃には生活に見通しをもって卒園してほしいと考えているからです。そのためにもサイドで大人が援助しつつも,活動の決定権は当番にあるんです。当番が声かけをして一日の流れをリードしていきます。いつもは年長児で当番をまわすのですが今年の当番は年長二グループと年中一グループで成り立っています。去年は年長児が二名しかいなかったので,必然的に年中児も年長児といっしょに当番の活動をしていました。それを見ていた今年の年中児が自分たちも当番活動をしたいと言いだしたのです。子どもの意欲を大切にしたいと思って年中児も当番のなかに入れています。長年取り組んできたので,当番の言うことには従うというルールが子ども同士のなかで浸透しています。たとえ自分より小さい子であっても,当番の言うことは尊重していますね。だから当番も自分たちの勝手な思いだけでなく,いろんなことを考えて決めるようになっていくんですよ。」

 この日,峠さんが大きな声で子どもたちを召集されたり,指示されたりする姿は一度も見られませんでした。きっと毎日がそうなのでしょう。子どもたちの主体的な活動を保障することは,大人がまず気長に待つことからはじまります。「大きな声で言ったら,次はもっと大きな声で言わないといけなくなり,エスカレートするでしょ。しばらくは子どもにまかせておくと,そのうちにおちついてくるかと思って待っているんです」と,峠さん。それは子どもを信じて受け入れる姿勢に通じるものなのでしょう。

 後片付けやお弁当準備,掃除などもじっくり時間をかける子どもたち。みんなでテーブルを囲んでお弁当の用意ができたときのことです。当番の年中児が前に出てお弁当の始まりのリードをしようとしたのですが,歌を歌い始めるきっかけがつかめず,もじもじしていました。誰も非難しません。しばらくして,テーブルについていた年長の子がさりげなく歌い始めました。それにのっていつのまにか全員で合唱。歌がおわると当番は元気に「いただきます」とお弁当の始まりを伝えたのです。こんなさわやかな援助は子ども同士だからできるものです。

生活を支える労働とお世話役さん

 生活の流れをリードするのが当番なら,生活や仲間を支えているのは年長の子どもたちです。これも積み重ねのなかで培ってこられた子どもたちのあたりまえの姿なのです。年長の子どもたちのように草餅づくりの準備をしたいと泣きだす年少のY君や,拭き掃除に参加しようとするMちゃんやCちゃんを見て,「黄組(年少)さんやのにしゃあないな(しかたないな)」と言いつつもいっしょにさせてあげています。後片付けを最後まできちんとするのも年長さん。年少の子があそんだあとも黙々とかたづけていました。年少の子はわがままをいっていっぱい甘えます。それをうまく受けとめてあげているのです。時には注意する姿もみられました。そんな時はとても素直に大きい子のいうことに従うのです。そこに兄弟のような(兄弟も何組かいますが)自然な交わりを感じました。

 峠さんはそんな子どもたちの姿について語られました。

 「ずっと年長さんがそのようにしてきているのを子どもたちは順に見てきていますからね。いまの年長の子どもたちも年少のときはいっぱいあまえてお世話をしてきてもらっているのです。なかにはお兄ちゃんのいうことをきけなくてお兄ちゃんの方が泣きだしたこともありますしね。本人は,まったく覚えていませんが・・・。実際そうしてきてもらったから,そのようにしてあげたい気持ちがつのるのでしょう。」

 働き者の年長児にはもうひとつ大切な仕事があります。これは楽しみのひとつでもあるらしいのですが,<お世話役さん>といって,決まった年少児の世話をする仕事です。どのようにしてパートナーを決めるのでしょう。峠さんにたずねてみました。

 「一日入園の時に入園してくる子どもたちと会うでしょ。その時に自分でお世話してあげたい子どもをそれぞれが決めるのです。大変な時はこちらでフォローするんですが,いろんな姿がみられておもしろいですよ。」

 年長の子のパートーナー選びにはきっといろんな思い入れがあるのでしょう。帰りの準備の時,H君の着替えを手伝っていたNちゃんは,一所懸命H君に話かけていました。「H君のおうちは○○やね」と,話題を提供しながら自分に注目するよう働きかけている姿はたいしたものです。その後,自分でボタンをはめようとしているH君に「ほんとにできるの?」と声をかけながらも,じっと待っていてあげている姿がありました。

 人とのかかわりのなかで,私たちはよく『息があう』『息があわない』といった表現を用いますが,子どもとつきあう第一歩は息(呼吸)をあわせることからはじまるのでしょう。峠さんの動きやテンポは私から見ると子どもたちとぴったりあっているのです。ゆっくとしたことばかけやかかわりは,ゆるやかな生活の流れをつくりだす大きな条件です。峠さんの<待ちの姿勢>は,子どもたちとの相互作用のなかから生まれたのではないかと感じられました。


村を愛し,村で生きる−インタビューより

 御杖村で生まれ育った峠さんが村を離れられたのは,短大の寮に入っていた二年間だけだそうです。ふるさとにくらし続ける峠さんの思いをたずねてみました。

 大学で初等教育を学んでいたので,小学校と幼稚園の免許を取得しました。最初は幼稚園に勤めたいと思っていたのですが,御杖村に帰り,そこで子どもにたずさわる仕事がしたいと思うようになりました。御杖村には保育所しかないので,保母の資格は卒業してから,検定で取得したのです。

 御杖村にある保育所はすべて村営で,当時は非常勤としての採用しかなく,かならずしも正規職員になれるという保障はありませんでした。でも,御杖村で子どもにかかわれる仕事ならなんでもいいと思って応募しました。最初の一,二年は,保母さんの休暇要員として必要なときだけ仕事に出かけていました。その後八年くらいは,半年契約で嘱託保母として働いていました。そして十年目に本採用になったのです。立場は違っても十八年間保母として働きつづけてよかったなと,いまつくづく思っています。生まれ育った好きな土地で好きな子どもたち相手にくらしているのですから。それにいなかって,いいですね。町はせかせかしているので,私はいなか向きかなと思います。おっとりしていますから・・・。


自然のなかで育ち合うということ

−四季折々の自然に出会えていいですね。

 四季の移り変わりが目に見えてわかるなかで生活していますからね。いなかのいいところだと思います。夏は,源氏ボタルが舞うところがとてもすてきなんですよ。川があって,すぐ山がありますからね。山間のなかでホタルが光を放って舞っているのです。

 冬は,三峰山で霧氷が見られるんです。寒い日に霧がかかったときだけ,葉や枝のところにさっと氷がつくらしいのですが,私も見たことがないのです。麓から見ていて今日はいいかなと思って山に登ってもなかなか見られないんですよ。義父が山仕事をしていてよく見たという話をしてくれました。一定の気温になったときにさっと出て,気温が上がると一斉に落ちるらしいんです。その音がまたすごいそうですよ。実際に自分で体験しないとその美しさはとうてい表現できないと,義父に言われました。一度見たいと思い続けているんです。


−その土地の自然にひかれる思いがあると離れられないですね。

 そうですね。四季折々のすばらしさに魅せられる思いですね。

 寒いのは苦手ですが,子どもたちは雪が大好きですから,保育所の裏の坂でそり滑りをします。おもいきりできるんですよ。となりの春日神社には大きなイチョウの木があって,木の葉が落ちると子どもたちが全部葉をあつめて掃除をするんです。そしてその後,焼き芋をします。それが楽しみでね。ギンナンもいっぱいとれますしね。キイチゴ,冬イチゴもおいしいですよ。今日作った草餅のヨモギもそうですが,ここに住んでいるからこそ出会える多くの自然を生活のなかにとり入れ,子どもたちにはさまざまないのちと出会ってほしいと願っています。

 御杖村の自然について語られる峠さんの目は子どものようにキラキラ輝いていました。そこから,村の自然をこよなく愛し,いまその自然のなかで子どもたちとくらしているしあわせが伝わってくるようでした。

 町中で生まれ育った私は,昔,町には自然がないと思いつづけていました。自然といえば,理科の教科しか思い浮かばないような子どもだったのです。そんな私が生活のなかで自然のいのちとしっかり出会えるようになったのは,保育所の子どもたちとくらしをともにするようになってからです。初めて幼児保育所に勤務した頃,散歩の途中,アゲハが卵を生んでいるみかんの木をクラスの子のおじいちゃんに教えてもらいました。そして成長を楽しみに育てるなかで生まれて初めてアゲハが羽化する場面に出会ったのです。胸が熱くなって涙がでてきたあの感動を一生忘れることはないでしょう。「子どもはできるだけ外ですごさせてあげよう。外にでれば,町中であってもかならず自然があり,ほんもの<いのち>との出会いがある。自分のいのちと重ねあわせて身近ないのちと出会っていく目やこころを育てる−−自然のなかで自然に働きかけていく−−ことが,いのちを大切にすることに通じる」と教えてくださったのは,当時自然観察の学習会で出会った先生でした。自然保護について自らのくらしのなかで捉えかえすようになったのも,氏とともにさまざまな現地へ足を運ぶようになってからです。身近な自然との出会いから始まり,地球規模で自然を見つめていくという私の視点は,子どもたちや氏との出会いのなかで育てられていったのです。


統合保育にまなぶ

ちがってあたりまえのくらしのなかで

 今年の年長の子どもたちは年長さんになってまだ一カ月あまりしかたっていないのですが,例年になくまとまっています。だから小さい子どもたちも自我をいっぱいだして受けとめてもらっているのだと思います。

 昨年度までさまざまな子どもを受け入れるなかでいわゆる統合保育をすすめてきました。この春もひとり「障害」をもつ子が卒園していきました。いまの年長の子どもたちはその子と二年間いっしょにくらしてきたのです。みんな一人一人ちがう。それがあたりまえという関係を育て合うには,まず相手を知るということ,からだとからだのふれあいが大切だということを学びました。そこで,ふれあえる関係を大事にしながら友だちとふれあってあそぶことを多く取り入れてきました。そのなかで子どもたちは,ひとりではなく,友だちと共感しながら歌やリズムを楽しむようになっていったのです。いろいろちがう友だちがいるということを肌と肌で感じあうことは大きな経験ですね。そして,こちらが言わなくてもいっしょに生活するなかでその子の思いや要求を子ども同士で受けとめあっていきました。何故泣いているのか,子どもたちの方がしっかり受けとめて代弁する姿に私が学ばされる思いでした。保母がいない時でも,「いま,○○へ走って行ったよ」と気づかって伝えてくれるのです。その子は走ることが好きで,追いかけてもらうことが大好きでした。仲間のなかに入ってごっこあそびをするような段階ではなかったのですが,友だちのいるところには自分からはいっていきました。いっしょにあそんでいないようで,かかわっているという感じで,みんなに愛されていましたね。仲間集団のなかだからこそ,お互いにそのような感じ方やかかわりができたんだと思います。

●親集団から地域で支えあう仲間として

 年長児のお世話役をはじめ,さまざまな子どもたちの交わりや支えあいを保護者もずっと見てきておられるので,自分の子が年長になった時は保護者の方も「がんばってね」とことばかけをしてくださり,とても協力的です。たとえば,子どもが怪我をしても,集団のなかにいるのだから少々擦り傷とか怪我をするのは当たり前だといって,私たちの方がはげまされるんです。保護者が仲がいいというのは,子どもの集団づくりに最も大きな原動力になりますね。行事のときも子どものために影絵をしてくださったりするのです。みんなで集まって子どものために何かをしようとされる活動のなかで心のつながりができてきたように思います。

 「障害」をもった子の保護者にとっては保護者同士のなかで自分の気持ちをわかってもらえるということは大きな支えですし,地域のなかだと,なおさらですね。そんな保護者同士の支えあいが基盤になって,今年卒園された保護者も地域のなかでがんばっておられます。「地域のなかでわかってもらいたいし,どんどん地域のなかに子どもをだしていくようにしています」と言っておられました。保育所で育てあったつながりをずっと大切に深めてほしいと願っています。



土屋原ならではの保育を大切に

                                      あす
 へき地の保育にずっとたずさわってこられた峠さんはそのくらしを振り返りつつ,未来をみつめて語られました。

 大きい集団でクラスごとに保育するのとはずいぶんちがった形態だと思います。「年少のときはこんなだったね」と話もできるし,始終いっしょの生活だから,私たちも育ててもらっているという実感が強いですね。三年間でどう育っていくのかなというのが私たちの課題であり,楽しみでもあります。

 職員の体制はたいへんです。洗濯から掃除まで全部二人でこなしますし,子どもたちをまきこんだ形になりますね。以前,「障害」をもつ子が二〜三人いたときも保母は二人だったのです。その時は怪我をさせずに無事にすごすようにとばかり思っていました。主任の先生といっしょに試行錯誤の保育の毎日でした。子どもに十分してあげられない思いのなかで,逆に子どもたちに支えられ,教えられました。大人のしんどさをある意味では子どもも背負っていっしょにくらしをつくってきたような気がします。ずいぶん助けられましたよ。

 少しずつ体制も考慮してもらえそうなんです。もう一人保母がいると,余裕をもって子どもと接することができるだろうと思うんです。そうなればもっと子どもの活動が広がったり,深まったりできる環境づくりやかかわりをしていきたいですね。

 現在,私が知っている限りの自然に恵まれた御杖の良さを保育のなかで生かし,子どもと確かめあいたいと願い,紙芝居や絵本づくりに取り組もうと思っています。御杖で育ったら,御杖のことを忘れないで,大きくなったらもどってきてほしいと願っているんですよ。

 保育所というよりは,大家族といったほうが似つかわしいような土屋原保育所の子どもとおとなたち。家の手伝いをしているような気分で年長の子は仕事をこなし,弟や妹の世話をするように小さい子とかかわっています。近所のおばさんが「おやつどう?」といって時どきあそびにきてくださる。そんななかで子どもたちは,とても自然に人とふれあうすべを身につけているのです。

 立派な園庭のかわりに目の前には大きなイチョウの大木がそびえる神社があります。高価な遊具や教材のかわりに,『自然』というかけがえのないほんものの教材があふれています。ある保護者の連絡帳には「家族でツクシを採りにいき,料理もてつだってくれました」と書いてあります。お母さんのお迎えがおくれて待っていたR君は近くにあったミツバをいっぱい摘んで「ミツバのおすしするねん」と言います。保育所,家,地域−−それぞれのくらしがひとつにつながって,村のくらしになっているなと私は静かな感動をおぼえました。この地でくらし続ける峠さんの思いがとても素直に納得できたのです。

 子どもたちがいきいきと育ちあうために大切なものやことは,ほんのわずかです。土屋原保育所の子どもたちや峠さんと出会い,そのことがとてもよく見えました。帰りがけに「また,しょっちゅうおいでや」と言ってくれた男の子。保育の原点を見失いかけたら,きっと私は峠さんや子どもたちがくらしているこの地を訪れることでしょう。

〔『御杖村立土屋原保育所』〕  奈良県宇陀郡御杖むらには,三カ所の村立保育所があります。その中の一カ所が土屋原保育所です。園長は村長が兼務され,保育所には役場職員としての保母が通常二名配属されています。保育時間は午前八時から午後三時までで,子どもたちは毎日お弁当を持参しています。  三カ所とも十数名から二十数名という小規模保育所なので,頻繁に合同保育の場を持ち,集団の交流がはかられています。月に二回の集いをもつなかで,六月以降は年長児だけでグループをつくり,同年齢での集団経験を保障されているとのこと。それによって子どもたちは小学校への期待をふくらませます。山の中の自然環境を生かし,ゆるやかな生活リズムを大切にするなかで,子ども主体の保育をすすめられています。

 所在地: 奈良県宇陀郡御杖村大字土屋原一二五二番地



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