子どもと生きる

〜いのちをわかちあうくらしを訪ねて〜

(ミネルヴァ書房「発達」70号,1997:春 連載第9回)



 武蔵野市立0123吉祥寺は,0歳から3歳までの子どもとその親が楽しく遊び,語らい,お互いに学びあう施設として,武蔵野市が全国に先がけて平成4年に開設したものです。
 子どもたちが自由な遊びや子ども同士のかかわりのなかで成長していくことを願うとともに,親同士も交流を広め,大勢の親子と接する中で,子育てのさまざまな悩みや疑問の答をみつけてほしいといくつもの事業が実施されています。ひろば事業は,この施設を訪れた人たちで作っていくひろばで子どもの年齢や興味に応じた遊具やコーナーが提供されています。つどい事業では,子どもの年齢に合わせた親子で参加できる講座やイベントが行われています。1日の平均利用者は約80組の親子。5人のスタッフですべての運営,援助が適切にすすめられているのです。
                          所在地:東京都武蔵野市吉祥寺2丁目29番12号
                           電話:0422-20-3210


     遊びをせんとや生まれけむ
     戯れせんとや生まれけむ
     遊ぶ子供の声聞けば
     我が身さえこそ動がるれ
                 (梁塵秘抄)

 子どものくらしやあそびにとっての大切な空間,それは「ひろば」と「すみっこ」に代表されるでしょう。幼い頃,ひろばに行けば誰かに会えると勢いよく家を飛び出していたのが今でもなつかしく思い出されます。ところが最近はそのひろばを見つけるのが容易なことではありません。少子化に伴って親子で支えあい,交流しあう地域そのものもない状態です。「ひろば」に象徴されるような親と子が集う地域の中での空間は,今や意識的に作っていかないかぎり生まれえないのでしょう。

 そんななかで政府が「エンゼルプラン」をだしたのは1994年のことですが,子育て支援は社会全体で取り組むべき課題であると訴えられているにもかかわらず足踏み状態なのが現状でしょう。ところが,それ以前から親子が地域に根ざして生きあう場を保障する取り組みをすすめておられる所があったのです。『0123吉祥寺』は,東京都武蔵野市が全国に先駆けてつくったニュータイプの乳幼児施設です。0歳から3歳の子どもと親がいつでも気軽に遊びにくることができる子育てのひろばとしてのこの施設に,そしてそこに集う親子,それを支える職員集団,言い換えれば『0123吉祥寺』で生きあう人たちに出会いたいという思いのなかで私は武蔵野市へと足を運んだのです。


はじめまして 0123吉祥寺

 JR吉祥寺駅から徒歩で約12分のところに位置する『0123吉祥寺』は,閑静な住宅街のなかにありました。幼稚園の跡地を生かしての施設だけあって日当たりのよい庭が広がり,おもわずのぞいてみたくなるような建物です。

 出迎えてくださった園長の森下久美子さんは,穏やかな笑顔で「ここは,0歳から3歳までの子どもたちが健やかに伸びやかに育ってほしいという願いから生まれた施設です。保育所にも幼稚園にも通っていない子どもたちの育ちの場で,生活の場です。そして子育て中のお父さんやお母さんが学びあい,助けあう場でもあります」と開口一番話されました。訪問した日は土曜日で,朝からやってくる親子の姿がいつもと少し違いました。母子だけでなくお父さんをふくめての家族参加が目立ったのです。なかにはお父さんと子どもだけの参加もありました。ほんの1〜2時間遊んで帰られる家族もあれば,お弁当持参で1日すごす家族,午後のひとときをすごされるなど利用方法はさまざまですが,どの親子も第2の我が家のような気分でくつろいでおられる様子がとても印象的でした。そんな『0123吉祥寺』の1日をかわいい動物の名前のついた部屋ごとに,また集う人々の声を通してお伝えしましょう。

●朝一番はプレイホール『わんぱくぞうさん』で
 玄関ホールから続く部屋は吹き抜けのプレイホール。館内で一番広い部屋です。滑り台,積み木,押し車,ままごとなど木の遊具や手作りおもちゃがたくさんあるなかで親子でのあそびがはじまっていました。家族での交わりを見ているとそこにおもしろい現象が見えてきます。休日でないと子どもとゆっくりかかわれないお父さんはあそびにも気合がはいっていて,とても積極的に子どもにアプローチされているのです。お母さんはと言えば,そばで子どもが自分の力をためすべく遊具に働きかけているのを見守りながらおしゃべりをされています。母親がこんなに安心してすごせる所なんてそうあるものではありません。そこにこの施設の神髄をみる思いがしました。子どもが自分の力を存分にためすことができる−主体的にあそびこめる−場であり,母親にとっても憩い,交わりの場であるということがここに集う親子の姿からにじみでているのです。

●プレイルーム『パンダのあそびば』
 にぎやかで広いプレイホールから小さな入口をくぐると机といすの並べられたおちついた部屋があります。ここは絵を描いたり粘土をしたりとじっくりあそべる場。クレヨン,のり,はさみ,折り紙,画用紙などは自由に使用できるようになっています。

 粘土あそびに夢中になっている3歳の男の子に聞いてみました。
 「この建物で一番好きなところはどこ?」
 「ここ。」
 「粘土するのおもしろい?」
 「うん,おもしろいよ。いろんなものがつくれるから。」

 お母さんにいわせると,この部屋であそんだのは今日がはじめてとのこと。自分でいろんなあそびを試し,そこから大好きなあそびに出会う−多様な経験ができる場でもあるわけです。きっとそこが子どもの『育ち』のはじまりのような気がします。

●談話室『にこにこカンガルー』
 プレイホールが見渡せるように隣接して設けられているのが親のための談話室です。みんなで囲める大きなテーブルの傍にはミニキッチンがあり,有料ですがセルフサービスのコーヒーが飲めるようになっています。本棚が設えつけられ,子育てに関する多方面にわたる情報が提供されていたり,壁一面の大きな掲示板には利用者の情報交換のコーナーも用意されているのです。

 幼稚園情報のファイルを手にされているお母さんに少したずねてみました。
「いろんな情報がそろっていて助かります。それもたしかな情報ですしね。家が近くで初めて来たときはおもわず翌日も来たのですよ。雨が降っても安心ですし,ここに来れば誰かお友達もいるでしょ。子ども以上に私のほうが楽しみです。」

●土と水と太陽と−庭でのあそび
 穏やかな日差しのなかで母子での砂遊び。ログハウスを利用してのかくれんぼ。よちよち歩きの赤ちゃんは木でつくられた橋を渡っています。都会では住居を確保するのがやっとで庭なんて論外でしょう。ここは我が家の庭にかわる空間のように思われました。小さい子どもたちでも斜面を使ったあそびを楽しめるように高さを考えたという築山もつくられ,なるべく自然のなかでゆったりあそぶことを大切にされています。公園や公共施設を感じさせないあたたかな空間であり,自然との出会いの場になっているのです。

●学習室『わいわいさるくん』
 にぎやかな1階から階段をのぼって2階へ行くと,親子で参加できる講座や集いに使用される部屋があります。ここは,お昼だけ時間をくぎって食事室にも変身します。親子で食事ができるようにとの施設の配慮です。これは利用者にとっては最もうれしい魅力のひとつなのです。多くのお母さんがそのことを語っておられました。

「ここは食べる場所があるというのがうれしいですね。子どものための施設でもたいていは食べる場所がなくて,お昼にあわてて帰ったりとかするでしょ。ここだと食事をすませて家に帰り,お昼寝をするというリズムがうまくできるのです。」

「お弁当をもってきてたべさせてあげられるのがいいです。公園なんかと違って手をちゃんと石鹸で洗う場所もあるから安心ですし,おむつ替えもできるし,充実していていいですね。」

「お昼前から来て,半日はたっぷりいますね。ごはんを食べる所があるでしょ。児童館だとお昼は閉まってしまうんですよ。休日に出かけるときはお昼をはさんで出かけられる所がありがたいですね。」(父親)

●食後は語らいのコーナー・図書コーナーで
 階段を上がりきったところには安全柵がしてあり,語らいコーナー,図書コーナーに続いています。そこで子どもたちは,食後のゆったりした気分を満喫するように自由に交わってあそんでいました。「よせて」のひとことでいっしょに線路ごっこが始まったり,親子で絵本を楽しむ姿が見られます。あるお父さんは二人の男の子の要望に答えるべくもくもくと山積みされた絵本を読みつづけてあげておられました。お昼から仕事なので,もうすぐお母さんとバトンタッチされるとのこと。限られた時間を大切にかかわっていこうとされる姿勢のなかに<子育てをともに>という思いが伝わってきます。このような場で他の家族の様子にさりげなく出会うということは,それぞれの家族のあり方を見つめなおしたり,つくりなおすいい契機になるのでしょう。

●保育室『ひよこクラブ』
 二階の静かな日当たりのいい所が赤ちゃんのための保育室です。ここは畳の部屋になっていて,調乳のためのミニキッチンもあります。赤ちゃん用の椅子,おもちゃが用意されていて,ゆったりとすごすことができます。赤ちゃんに離乳食を食べさせながらお母さんは,「お昼寝ができるように毛布などもあるんですよ」とうれしそうに話しておられました。

 ここは一度すごすと再び訪れたくなるというお母さんや子どもたちの気持ちが納得できる施設です。そんな思いが集っている親子の姿からおのずと伝わってくるのです。しかしあえて尋ねてみることにしました。利用者である親や運営にたずさわる職員の方の声をとおして,より鮮明に現在子育て支援として社会になにが求められているのかということ,そして私自身の足元を掘り返す材料もきっと見つかるでしょう。


ともにふれあい,つくりあうひろばとして集う人びとの声より

●親子でホッとできる場
 1歳7カ月の女の子と来られていたお母さんに施設に対しての感想をたずねてみました。

「この子が歩きだした頃から利用するようになりました。安心して遊ばせられるというのがいいですね。もっと以前から来たかったのですが,家からは少し遠いのです。9時から4時までいつでも利用できるというのが魅力ですね。たっぷりあそんで帰れます。家で過ごす時間が多いとあそびが限られてきて飽きてしまったりして,親も子もお互いストレスがたまってしまうのです。ここだと自由に動けるし,子どももうれしいようです。」

「うちは父親が土曜日も仕事なんです。月曜日から土曜日まで私だけが育児をすることになるでしょ。けっこう疲れるんですよ。そういう時,ここで自由にあそんでくれるとこっちも気分が楽になります。安心してみていられるんです。」

「家に子どもと2人でいると後をつきまとわれて,『ほら,ビデオ見てて』とか『次はこれであそんで』とか言ってずっとかまっていないといけないんです。夕食の準備をしていてもわっと間にはいってきていっしょにあそんでほしがります。子どもは家のおもちゃには飽きているからひとりではあんまりあそんでくれません。だからこういう所は母子ともにリフレッシュできていいですね。」


 お父さんと4人で来られたお母さんは,ふだんは母子3人で週に2〜3回は利用しているとのことでした。

「下の子が生まれて2カ月位たってから来るようになりました。子育て情報の本に載っていて以前から知っていたのですが,想像していたのよりはるかにいいですね。下の子が生まれて子どもが2人になると,2人ともを見ながら安心してあそばせられる所は限られるんですよ。だからここがいいかなと思ってきました。1回来たら続けて来るようになりますね。子どもがあそんでいるのをみて親がくつろげる場所というのはここ以外にありませんよ。家のなかもそうだし,公園に行っても目の前は道路だし,ここにくると親も子もホッとします。」

●友だちを求めて
 ひとりっ子のお母さんは言われます。

「お友だちもたくさんおられるでしょ。同じくらいの月齢の子がいると興味があるみたいでこの子なりにかかわったり,見たりしているんです。年上のお姉ちゃんやお兄ちゃんも気になって,後をついてまわりたいみたいなんです。でも公園だと遊具が限られているので大きいお兄ちゃんたちのようにはうまく使いこなせなくて,もたもたしちゃうんです。そうすると突き飛ばされたりするんですね。ここだといっぱい遊び場があるので,それぞれ気ままにあそべるし,一応制限が3歳までなので小さい子向きの遊具で安心ですね。」

「子ども同士がしらないまに仲良くあそんでいて,それで親も友だちになるということがよくあります。同じ年頃の子どもをもつ親同士での悩みも話し合えたりして,自分ひとりが悩んでいるのではないとわかると心強いですね。」


●子育てを支援するということ
 2人目の子どもを妊娠中のお母さんに尋ねました。

「ここのスタッフの方は相談するとすごく親身になってアドバイスしてくださるので心強いですね。元幼稚園の先生とか子どものことに関しては専門の方がおられるのでお話をしていて頼りになる答えが返ってきてうれしいです。家に閉じこもっているといろんなことを考えてしまうんです。『次の子が生まれたらどうしよう』とか,『どういうふうにあそんであげればいいのだろうか』とか考えこむとどんどん閉じこもってしまうんです。そういうときに相談するといろいろ答えが返ってきて助かります。今朝も2人目の育児について相談していたのですよ。親もここに来てストレス解消になり,明るい気持ちで帰れるのです。」

「スタッフの方とは時どき話をしますが,すごく気持ちのいい対応をしていただけます。私は市外の住人なのですが,市内の方と分け隔てなく親切にしていただいて,そういう気持ちがうれしいですね。いわゆるお役所的な発想で接するのではなく,利用者の立場に立って接していただけるんです。」


 あるお母さんは親の思いを総称するかのように語られました。

「たぶん子育て経験者の立場の意見をちゃんと聞いてそれを生かす形でつくられたと思います。こういう施設はきっと初めてでしょう。なかなかできないですよね。本当に子育てってやってみないと悩みもわからないでしょ。それに,ほんの一時期じゃないですか。幼稚園に入ったら幼稚園の生活があるし,子どもにはどんどん次の過程があるでしょ。だから0歳から3歳までの子どもと親のためのこのような施設があったらすごく喜ばれるというのがわかっていても,そのためにこういうものをつくろうとエネルギーを注ぐ人たちが今までいなかったんだと思うんですよ。
 でも,一番大切な時期ですよね。全体からみたら対象は少ないけれど,この年齢だけが完全にくつろげるというのは今までなかった隙間をうめるという価値があると私は思います。」


 親の思いのひとつひとつを私は噛みしめるように聞いていきました。役所という公的施設に身を置き,「障害」をもつ子と親に日々サービスを提供している私にとっては内容こそ違っても「利用者である親子の立場や思いをどれほど汲んで,かつ最良のサービスができているか」という問いかけは真摯に受け止めねばならないことなのです。現在私にとって最も大きな課題をここで再確認した思いでした。

 全国に先駆けて作られたこの施設を見学に訪れる人は後を絶たないといわれています。各地で種を持ち帰り,どれほど育てられるかが問われるところでしょう。行政の手で生まれ,運営されているという喜びが点から線にそして面に広がっていくことを期待したいものです。


ともに育ちあう仲間としてスタッフのおもい−

●『0123吉祥寺』の誕生まで
 子どものための新しい施設の誕生には,開設の準備段階から,行政を中心に外部の保育者・発達心理学の研究者・小児科医などが参加して検討を重ねてこられました。

「私が正式にメンバーとして検討委員会に入ったのは開設3年前のことです。その間の話し合いで最も大事だったことは,現在ここの理念にもなっている『ひろばという捉え方』と『主体的に』です。子どもは自分で自分のあそびを見つけ,そして自分で育っていくということ。親もまずは自分の子育てを自分の力でやってみる。その上でお互いに支えあうということ。情報交換や相談,子どもとの付き合い方や自分自身の生き方も含めて親同士が支えあう仲間として地域の中でいっしょに子育てをしていき,生活をしていくという場がない。そういうことができるような,それは場所だけの問題ではなく,安心して生活できるような支援を考えていくことが必要だということを報告書にあげました。それを受けて建築を進めるようになったのですが,この理念やそのための機能が満たされた建物はどんなものかというハード面もいっしょに考えていったのです。ですから,できあがったときは非常に目的にかなった使いやすい施設になっていました。ここはこういった時間をかけた多方面にわたるチームプレーの中から生まれたものです。」

●自立への支援をめざして
「ここでは親子にスタッフの方から積極的にかかわるというよりは,親子がいっしょにすごしやすい環境ということを考えるのが仕事だと思っています。親子が主体的に動いていけるにはどういうしかけが必要かという間接的なことを常にこころがけているのです。『それは,こうしたほうがいいですよ』とか,『これは違いますよ』とか,『こうしてください』とか言うのは簡単なのですが,それでは意味がないのです。ここには指示や管理,禁止事項は一切ありません。最低限のル−ルと情報を提供する基本です。それを選ぶのは親子です。だからできるだけ確かなもの,質の良いもの,本当に役にたつものを提供することが私たちスタッフに求められているのです。ここでの過ごし方を決めるのも親子です。生活のリズムは強制されるものではなく,親子でつくっていくものだと思っています。

 ここのスタッフはみんな出産,育児をかかえても仕事を続けているのです。育休を終えてカムバックしたときにまた違う味をだしてくれていますね。自分も親になることによって『あの時期は大変なのよね』って共感できることが大事だと思いますね。もちろん私たちはいつも少し先を見通した援助というのを考えていなくてはいけないですが,やはり共感の部分と親子いっしょになってつくっていこうとする姿勢が特に求められます。いっしょに考えていこうねという思いのなかで親子とつながることを大切にしているのです。」


 親からの求めに応じた直接的援助,親同士のつながりを支える間接的援助のなかで常に「利用する親子とともに」という姿勢が感じられるからこそ,どの親も異口同音に信頼できるスタッフとして頼りにされているのでしょう。

 「子育て支援」ということばが先行している現実のなかで森下さんは,

「自分で自分の生活ができるように援助してあげることが大切ではないでしょうか。子どもを預かればいいのではなく,それぞれの親が自分で自分の子どもを育てることに自信をもつことが大事です。ひいては子育てに喜びを感じてほしいと願っています。そういうことに『気づく』ということを支援していきたいですね」と熱く語られました。

 親が親として自立していくことは手だてではなく,前向きな支援のなかですすめられなければなりません。それが本来の行政の役割であると『0123吉祥寺』はその存在とともに訴えていると私には感じられました。

 夕方の4時近くなるといつのまにか後片づけが始まりました。親も子もみんな自然な形で片づけて,三々五々帰っていかれるのです。「楽しかったね。またあそぼうね」という思いをふくらませながら...。ここに集う親たち,子どもたちは主体的に生きるなかで仲間として確実に育ちあっている...。そんな手応えのなかに明るい未来が少しみえてくる思いがしました。
 洋のホームページにもどる

inserted by FC2 system